第21話

『主、来週の日曜日に用事が無ければ桑園に行きましょう!』

『どうしたのいきなり、しかも桑園って何をしに?』

 主の疑問は当然だ。一般的に桑園と呼ばれる地域(正確には桑園と言う住所はなく、桑園駅周辺をそう呼んでいるだけ)は微妙な場所だった。

 JR桑園駅はJR札幌駅の隣の駅であり、札幌中心地に近い栄えた地域……とは言えない。

 札幌という町は、JR沿線はあまり人気がない……いや、はっきり言おう。人気はない。

 札幌駅の反対側の隣にある苗穂駅周辺も同様と言いたいが、桑園に輪をかけて微妙な地域だ。

 東西に走るJRの線路が地域を南北に分断する為に、階段を上り下りする必要のある地下道か、車両しか通行出来ないアンダーパス。そして苗穂駅の自由通路のみという不便な状況が苗穂駅の東西4㎞も続く。


 札幌特有のJR沿線の人気の無さが全ての問題ともいえる。

 札幌市民にとって交通機関と言えば地下鉄である。冬季に大雪になっても地下鉄は影響を受けないので、市民からは圧倒的な信頼を寄せられている交通機関である。

 そんな事もあって、我にとっても桑園と問われて思い浮かぶのは、先ずは桑園駅を出てスクランブル交差点を渡ればすぐの札幌市立病院。

 そして市立病院と線路を挟んだ南側にある。屋上が自動車学校のイオン。

 桑園駅から歩いて十分少しの距離にある札幌中央卸売市場と場外市場。

 最後が、今回の目的地である中央卸売市場の線路を挟んだ斜向かいにある札幌競馬場である。

 本当に、これだけしか思い浮かばない。

 敢てもう一つ加えるなら、市立病院の向かいの焼肉屋でランチに提供されるカレーが美味いという事くらいだろう。

 スパイスが弱く、味が子供向けカレーレベルの甘さという、口に入れた瞬間、これは出来損ないだ食べられないよと言おうとした直後、突如として姿無き肉の一個大隊による背後からの強襲を仕掛けて来る。

 肉の圧倒的暴力。焼き肉用の切り出す時にでる大量のくず肉が煮込まれているのだろう。肉の美味さがこれでもかとやって来る。

 料理とは様々な要素が総合的に組み合わさって作られるものであり、たった一つの要素で料理全体を駄目にする事はあっても、その逆は無いという我のポリシーを破壊してくれた店だった。



 話は盛大に逸れてしまったが、日曜日の桑園駅に我と主は降り立つのであった。

 『モモちゃん、本当にそろそろどういう目的で此処に来たのか知りたいんだけど』

 当然の要求だ。むしろ今まで何をするのか知らせず、ここまで引っ張った我が凄い。

『ついに、主に真実を伝える時が来たようですね』

『今週はずっとそのノリだから飽きてきたよ』

 少々我も飽きていたが、正直に話したら駄目と言われそうなので、現地まで連れて行くという強引な手段をとらせてもらった。


『自由に使っても税務署なる組織の手が主に伸びないお金を持って貰いたいので、その手段として公営ギャンブルを使おうと思います』

『……要するに競馬で勝って儲けろと』

『はい』

『モモちゃんは勘違いしているようだけど、私は貧乏学生じゃないよ』

『しかし、ボッチで対人関係に難のある主が金銭の為にアルバイトをするのは負担が大きいと愚考しました』

『あ~それは分かる。けどう~んとね、私は昔からボッチの気はあったけど、今みたいになったのは大学に入って半年過ぎた辺りからで、そこに両親の事で落ち込んで、悪化した……みたいな感じで、バイトは大学に入ってすぐに始めたので特に嫌とか思ってないよ』

『そうでしたか、それにしても金銭的に苦労しないというのは大切ではないでしょうか?』

『お金なら大学卒業してもしばらくは暮らせるくらいのお金はあるよ……』

『もしかしてご両親の事故の保険金か賠償金ですか?』

『……そう』

『だったら、尚更本当に必要な時にしか使うべきではないでしょうか?』

『そうだけど、モモちゃんに必要なら使うよ』

『そんな……分かりました感謝の至りです』

 主は本気でそう思っていると思うので、こう答えるしか出来なかったが、勿論そのまま受け入れる心算など全くない。

 自分と主、その優先順位は端から決まっている。それをさかしまにする事は例え主の言葉であろうとも受け入れる事は出来ない。


『主ぃ~、第一レースの馬券を買う前にパドックで馬の様子を見たいので少し急いで下さい』

『もう、分かってない!』

 怒ってる振りをしているが、その口元は笑っているので問題なしだ。


 【数値評価】を使えば、馬の能力と体調を数値化して見る事が出来る。

 魔王の側近として、人材育成【も】その管理【も】任されていた我にとっては必須のスキルである。

 これがあれば競馬はほぼ素人の我でも勝ち目は十分にあるはずだ……そう素人だ。しかしちゃんと色々と調べて勉強したから大丈夫。きっと、多分……大丈夫だ。

 パドックをゆっくり歩く馬達を確認して行くと、三頭の馬が他の馬達よりも全般的に頭一つ抜きんでいる事が分かった。

 十中八九はこの三頭が三位までを占めるだろうが、スキルが競馬にも通用するかは分からないので第一レースは慎重に行く事にした。

 ここは三連単の馬券を三頭の組み合わせで百円ずつ購入。

 結果は七千円ほどの儲けになった。

『結構いけるな』


 パドックで第二レースの出走馬に【数値評価】を使う。

 一番調子の良い馬でも二番手以降と大きな差はない……そうだ。馬だけで判断する必要はない。

 馬と騎手をまとめて【数値評価】をかければ良い。

 人馬の組み合わせから分かった評価では、一強三弱その他と分かった。

 ここは一強の馬を一位に据えて、残りの三頭を二位・三位・四位以下に振り分けた組み合わせを、今度は二百円ずつ購入し、結果は儲けが二万五千円を超えた。


 その後は、馬券購入時の軸として見込んだ一番評価の高い馬がスタート時に失敗して早々に脱落して落としたレースがあったり、フードコートで昼食に小樽あんかけ焼きそばを食べて休んだり、【数値評価】の結果が全体的に差が小さく勝ち馬を絞り込むのが難しい場合は流したりとしながらも、残り二レースを残して儲けは十八万円を超えていた。


『主。此処からは掛け金を一気に上げましょう』

『え、思い切って、二百円アップの千円?』

『それは全然一気ではありません。残りの二レースで一万円で行きましょう』

『い、一万円?!』

『今日の儲けを全部使い果たすつもりで勝負に出ましょう』

『えぇ~でも』

『余り主のお手を煩わさない様に今日一日で在学中はもう来なくても済むようにしたいと』

『……? 私は別に競馬場嫌いじゃないよ。お馬さん可愛いし。毎週は無理だと思うけど月に一回位なら競馬場に来ても良いよ』

『そうなんですか? 我はてっきり主に迷惑をかけているかと思っていました』

『私はモモちゃんと一緒にお出かけするなら何処に行っても楽しいんだから』

 主からの愛のこもった有難き言葉を頂き、我は気合を入れて予想をし、その日は最終的に三十万円程勝った。

『一日でこんなにお金が……競馬って怖い』

 主よ。その気持ちを忘れずに持ち続けて下さい……我は時々忘れるかもしれないので。

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