第20話

 午後からは水族館と青少年科学館に行く。実はこの二つの施設は「わっかりうむ」という名称で統合された一つの施設であり、入場料は五百円で水族館と科学館に入館出来る上に、プレネタリウムも観る事も出来る事に驚く。

 しかもペットである我は無料であるコスパが最高過ぎて実に申し訳ない。


 水族館は外から見ただけであれ? と思うくらいに小さい。小さいが味がある。

 興味もなく課外研修で連れてこられた小学生なら、色々と文句を言うだろうが、自分で金を払ってまで見に来た人間にとっては、魚が泳いでるのを見てるだけで満足だ。

 趣味で自宅にアクアリウムを作っても、ここの一階の回遊水槽規模には遠く及ばないが、それでも好きな人間は見てて幸せになれるのだから五百円払う価値はあるだろう。

 主と我はクリオネが展示されていただけで十分に満足している。

 更に主はドクターフィッシュの体験コーナーで水槽に手を入れ、魚達に啄まれ変な笑い声を上げて喜んでいたくらいだ。

 幸せそうだったので見ている我もほっこりして満足だ。


 個人的に一番楽しかったのはミズダコの水槽だった。

 こうしてみるとその大きさに、絶対こいつら宇宙から地球侵略の尖兵として送り込まれていると確信し『はっはっは、勇敢なる異星からの尖兵達よ。地球流の持て成しは如何かね』と悪役ムーブで妄想して楽しんでしまった。


 一方でアザラシとペンギンは流石に旭山動物園の記憶が新し過ぎて物足りなく感じたのは仕方がない事だろう。

 まあ、比べる対象が悪い。


 何だかんだで水族館を楽しんだので、科学館に入る頃にはプラネタリウムのプログラムの時間が迫っていた。

 滑り込みで入ったプラネタリウムのプログラムは「稚内の夜空」

 札幌青少年科学館のプラネタリウムでも、プログラムの初めと終わりに行われる今日の札幌の夜空の解説が一番の見所だと思ってるくらいの我にとっては、これで良いんだとしか言い様がない。

 そして投影機は北海道最古で今時珍しいアナログ式。

 故に星空に星座を描いたりするには、専用の補助投影機があり、他にもオーロラ投影機等の全十機の投影機をプログラムに応じて、リアルタイムでオペレータが操作する必要がある。正に職人芸によって、このプラネタリウムのプログラムは成立しているのだ。

 正直、通常のプログラムとは別にオペレーターの操作する様子を撮影したものをプログラムとして追加して欲しいくらいだ。


 科学館の方を一回りして、二回目のプログラムも鑑賞し終えて時刻は十五時半。

 朝食が遅かった為に、昼食をスルーしていたために主が空腹を訴えて来る。

『何を食べましょう?』

『昨日の夜がお肉で、朝が海鮮丼だから……ラーメンが良いかな?』

 我の問いかけに主が答えた内容が引っかかる……この男子高校生が選びそうなラインナップ。このままで良いのだろうか?

 そういえば主は余り甘いものが好きでないようだ。

 ソフトクリーム程度なら良いのだが、パンケーキにメイプルシロップをタップリかけて、クリームとフルーツをトッピングするなんてのは、一度勧めてみたが、嫌そうな顔までされてしまった。

 もしかして女子グループで「何食べる~?」なんて流れになっても自分に正直に「牛丼食べたい!」なんて言ってたのではないだろうか? それが原因で女子グループから爪弾きにされてボッチになってしまったのではないか?

 ……ああ駄目だ。年頃の娘を心配する母親のような気分になってきた。


 どうやら我は余り口煩くないタイプの母親らしく、遅めの昼食にラーメン屋を探している。

 稚内で一番人気のラーメン屋は昼の二時間半しか営業しないので、当然ながら既に閉店していた。

 そして二番人気も三十分前に営業終了。

 望みを託した三番人気は……やってました。しかも科学館のすぐ傍だった。


『ここって海鮮丼屋さん?』

 確かに入り口のガラスの引き戸に貼られたポップは海鮮丼のアピールが凄い。

『主、ちゃんとラーメンもやってますよ』

 看板の方にはラーメンのメミューが表示されていた。

 そして主が注文したのは結局、海鮮系のカニラーメンだった。朝の海鮮丼はウニと幾らとホタテだったので、カニも食べたかったそうだ。

 ちなみに我は甲殻類に軽いアレルギーがあり、料理でカニやエビの殻から身を外す作業をすると、手がパンパンに脹れるのでカニは食べなかったのだが、前々世とは身体自体が違うんだからアレルギーは起きない可能性に気付いたのは、またもや主がご馳走様と言った後だった。

 何をやってるんだ我は……



『主、残念な事があります。しょざんべつ天文台で定期的に開催されている星空観察会が行われるのが丁度二週間後でした!』

『な、何だってー!』

 天文台の営業時間を再確認していて知ってしまった新事実。


『北海道最大の65cmの天体望遠鏡で天文観察が出来る。非常に大切なチャンスだったのに~!』

『モモちゃん、だったら北網圏北見文化センターに行けばいいのよ!』

『主、更に残念な事に北見のプラネタリウムは最終プログラムは十五時四十分からでした』

『もう終わってるじゃない!』

『はい……残念ながら』

 我の返事に主は項垂れ完全に落ち込んでしまった。

 だが主を喜ばせるのが出来るエゾモモンガの役割だ。

『主、今晩は3000m上空をオホーツク海周りで帰りましょう。周囲にはほとんど明かりが無い海上だと星が綺麗に見えますよ』

『良いの?』

『勿論です! 更に主の好きな場所で一気に5000mまで上昇します。この高さまで上ると、ほとんどの雲の上に出るので正に全天の星空です。上空の空気は本当に澄んでいて星さえ瞬きを忘れる絶景ですよ』

 光を遮る空気中の水蒸気や埃などの粒子が少ないので星が瞬かないだけだが、こういう自然現象すらも擬人化する日本人の感性は魔龍を経てエゾモモンガになっても大事にしたいと思う。

『ありがとうモモちゃん! 大好き!』

 記念すべき十回目の大好き頂きました。真にありがとうございます。この記憶は天国だろうが地獄だろうが、来世にだって大事に持って逝きますとも。


 日の入りから一時間ほど過ぎてから我は主と共に【飛行】で空に昇って行く。今回は5000m以上まで昇る事を考えて【風防】の上位魔法の【風繭】という繭の様な丸みを帯びた密閉型の透明な壁を作り、高度による減圧や低温、さらには宇宙からの放射線をも防ぐ事が出来る。

 我には必要がないが、主と共に高度5000mを亜音速で飛ぶのは絶対に必要である。

 稚内から10km程北上してから東へターンし、高度を上げながら宗谷岬西側の弁天島(日本最北端の島)の上空を通過する。更に高度を上げて3000mに達する頃にはロシア領海に突入。

『こんな夜空を楽に横になって見上げる事が出来た人ってどれくらいいるんだろう?』

 我等以外に上空3000mを仰向けの状態で真上を見ることの出来るってどんなシチュエーションだろう? 戦闘機のパイロットなら横になるのは無理だろうが、上を見上げる事は出来るだろう。他には三千m級以上の山に登った登山家が山で一泊すればチャンスはあると考えると、結構いるのかもしれないが、それをそのまま口にする程、我は考え無しの無能ではない。

『どれくらいの数かは判りかねますが、今此処から見える全ての星々は主の為だけに輝いています』

 我、今とても良い事言いましたよね? これはモモちゃん大好きポイント三点分に値すると思います。

 しかし、主は大きく声を上げて笑い出して『モモちゃんって女誑しみたい……おかしい』とマイナス評価を貰ってしまった……何が悪かったのか解せぬ。

 その後、択捉の北で一度、5000mまで高度を上げてから択捉海峡を通過し、襟裳岬の南で再び高度を上げてから札幌に戻った。

 全行程1300㎞を約二時間かけての星空の旅に主は喜んでくれた。

 我も飽きるまで見慣れた異世界とは違う、こちらの星空に満足出来た……と言っても、そのまま家まで戻る事は出来ない。

 一度北区屯田の人気のない辺りで着陸し、【インベントリ】からカブを出し、三十分以上かけてカブを走らせて帰るのだった。


『旅から帰るって不思議な感じだね。家に帰ったという安心と旅が終わってしまったことを惜しむ気持ちが一緒にやって来る。でもそれを嫌いじゃないって思うの』

『我は主と一緒なら何処でも幸せですが、今は無事に家に帰る事が出来て少しだけほっとしていますよ』

『モモちゃんにとっても此処が心休まる家なら嬉しいよ』

 そう言って差し出された主の手に、我は飛び乗り親指にしがみついていた。


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夏休み編終了





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