第13話

 どうやら主は我儘を言う我に応えて上げたいと思っているようだ。

 理解した。我が主にもっと我儘言って欲しいと思っているのと同じ事だな。


『主。明日の午前中は旭山動物園を楽しみたいです!』

 危く、旭山動物園でオオカミの森でリベンジしたいと言いそうになった。

 リベンジは駄目だろ、お前は一体何時旭山動物園のオオカミの森に行ったんだって事になるわ。

『モモちゃん、早速のおねだりはいりました! 実はそこは私も行きたい!』

 主がテンションを上げて乗ってくれた。

『それから我は旭川名物の新子焼きを食べたいです』

『おお、流石モモちゃん名物のリサーチ済みだね。偉い偉い! ……これって我儘? モモちゃんお肉食べないよね?』

『さあ、今までエゾモモンガの身体だから食べられないと思っていますが、我の身体が純粋なエゾモモンガなのかどうかは分からないので、もしかすると食べられるのかもしれません。そして我儘かどうかという質問に関しては、我は主に尽くして喜んでもらえる事こそが最高の喜びです』

『これは……海よりも深いという親の愛よりも深い気がするんだけど』


 美瑛を出た後は、特に寄り道をすることなく旭川に向かって走り続けた。

 五時少し前には旭川の中心部から離れた旭山動物園にから程近い宿にチェックインを済ませる。

 そして部屋に荷物を降ろして、そのまま歩いて一分ほどの創業百年の老舗で地元旭川でも人気がある、新子焼きの名店に向かう。


 前々世において自動車で札幌から旭山動物園に向かう時は、その店の前を通るのだが、どうにも時間の都合がつかずにスルーしつつも一度は行きたいと思っていた店だ。

 だから、他にも新子焼きの人気店はあったが、我の三百年越しの願いを主に代わりとなって味わって貰いたかった。

 本当なら週末に来ることが出来るなら、店内でゆっくりと食事を楽しむ事も出来たのだが、残念ながら店内での食事は平日は午後三時までで、新子焼きともう一つの名物である千鳥焼きは午後六時までテイクアウト可能だった。

 テイクアウトは予約しておく必要があり、受け取り時間を余裕をもって五時半に指定した事もあり、まだ少し時間が早かったので、先にあるセイコーマートでビールと他につまみになるものを購入してから入店し、新子焼きと千鳥焼きを購入して宿に戻った。


『美味しいよ。新子焼きも千鳥焼きも……モモちゃんも食べてみる?』

 心の中で椅子を蹴って立ち上がった時、我の身体は既に両足と尻尾の三点立ちをしていた。

『食べさせていただきます!』

 先ず、鶏の半身焼きである大きな新子焼きから小さな小さな欠片を千切り取り、ゆっくりと慎重に口に入れて咀嚼する……ちなみに臼歯は無いのでそういう気持ちで何度も噛んだ。

 ああ、なんて美味いんだ。口の中から脳に幸せがじんわりと伝播していく。明日腹痛でのたうち回る事になっても、後悔だけはしない自信がある。

 さて、もう一口……

『駄目よモモちゃん。一口だけ!』

『そんなたった一口だけで、お預けなんて』

 まさに鬼畜の所業……ゲフンゲフン、いいえ主は天使様ですよ。

『それを食べて問題なければ、また食べに来れば良いんだよ』

『そんな~、またって何時ですか~』

 エゾモモンガとして生まれて半年近くもの肉断ちの日々。もう待てないところまで来てるんですよ。

『旭川だったら、休みの日にでも来れるよ』

『あ、主ぃ~!』

 貴女のペットで本当に良かった。



『ところでモモちゃんは、自分が食べられるかどうか確認する魔法とかは使えないの?』

『その様に使える魔法がある事は知っていますが、何分我は龍だったので、基本的に何でも食べられので特に確認の必要もないので……』

『龍って凄いんだね。でも基本的じゃない食べ物もあるんだよね』

『勿論そういう物も存在はしますが、他の種にとっては龍でも食べられない一撃必殺の危険物と広く認識されていて一般的にも常識レベルで知られています。そして何より見掛けからヤバいので間違って食べるという事もまずありません。

そして龍なら何とか食べられるという食べ物は、龍にとっても余り美味しいものではありません。また食物連鎖の頂点にいる龍はかなりの美食家ですので、そのようなものは口にしません』

『そうか~モモちゃん美食家か~、その美食家も唸る新子焼きって凄いね』

 う~ん、美食家といっても異世界での話で、とても便利である魔法文明だが、その弊害として、あらゆる面で技術的進歩に欠けるという問題がある。

 限界はあるものの魔法を使えば、広い範囲の問題を即時に解決出来てしまうので技術的進歩は、こちらの世界に比べるとかなり遅い。

 実際にこちらの世界の歴史において農耕文化は一万年ほど前までさかのぼることが出来るが、あちらの世界の人類の農耕文明の始まりは三万年以上前には既に始まっていた。

 それが料理の様な、余り魔法とは関わりのない分野においても技術的進歩を阻害しているというか、魔法でどうにか出来ないのだから仕方がないという認識が社会全体にあったため、ワンコインの定食の味にさえ文句言う日本社会で磨かれた料理人の腕前とは、はっきり言って比べようもない。

『主は勘違いなさっています。我がいた世界は魔法文明であり魔法がある故に様々な技術の発展が阻害されています。料理もその中の一つなのです』

 説明すると主は頷き。

『だったら、せっかく転生したんだからこの世界の美味しい物をたくさん食べなきゃね』

 この世界の料理の味は一般人の範疇としては十分堪能しているけど、三百年の以上もあちらの世界の味に慣れて忘れてしまっています。

 そして有難い言葉ですが、我はまだ、肉を食べても大丈夫か確認は済んでませんよ主。



 結論を言うと、我は肉を食べても何の問題もなかった。

 筋力、骨の強度……敢て骨密度とは言わない。体重は普通のエゾモモンガと特に違いはなかったので密度の問題ではなく多分魔力とか転生チートとかの何かなのだろう。つまり考える事を止めた。

 兎に角だ。前脚の一撃でヒグマはおろかダムでさえ破壊出来そうな身体能力の強化は胃をはじめとした消化器官をも強化していたのだろう。



 翌日は早めにチェックアウトを済ませて旭山動物園に向かう。

『このまま2㎞程まっすぐですよ。そして動物園近くになると坂道になります。そして坂が終わったら左手に遠くてびっくりするびっくりドンキーの看板があります。普通あれだけ遠ければ、余程びっくりドンキーに行きたいと思ってなければ他の店に向かいますし、最初からびっくりドンキー一択の者は看板なくても行きますよね……申し訳ありません話がそれました。看板が見えたら右手には正門が見えるので、入り口を過ぎてすぐに左手に四角の青看板に自動二輪P入口がありますので、矢印に従って進入して停めて下さい』

『モモちゃん。また早口になってる。指示も細かいよ~。あとびっくりドンキーへの突っ込みが厳しい』

『昨晩。主のスマホで今日の予定立てる為に色々調べさせていただきました』

『う~、モモちゃんなら良いけど、本当は相手に断りもなくスマホを使うのは、禁錮五年の重罪だからね』

『主の傍に居られるなら禁錮であろうと……困りますよ。主の為に色々やる事があるので、ずっと閉じ込められて居ては、主に仕えるペットとしての役割が果たせません』

『あ、あのねモモちゃん。ペットって飼い主に仕えて無いよ。むしろ飼い主がペットにご飯あげたり、ブラッシングしたり、散歩に連れて行ったりとペットの為に色々して上げるんだよ』

『? ……確かにそんな怠惰で恩に報いない連中と一緒なのは嫌ですね。それでは我は主の奴隷という事で』

『ど、奴隷? ちょっと待ってモモちゃん。奴隷は絶対に違うよ。大体自分でお金を手に入れて、旅行代金だと言って渡してくるのは奴隷じゃないよ』

『!! 確かにそうですよね』

 いかん、主との関係性を簡潔に説明する言葉が出て来ない。

『我は、命の恩人でもある主が大好きで主の為に出来る事があるなら、何でもしたいだけなのですが……駄目でしょうか』

 多分、正直に話すのが一番だろう。

『私はモモちゃんに、もう沢山の事をして貰ってるよ。大学でも色々してくれたんでしょ?』

 例の件が完全にバレてる?

 気配を殺して、ゆっくりと主の肩から背中のバックパックに移動……捕まった。

「キッキ、キッキ!」と鳴きながら、普通のエゾモモンガの振りをして脚をジタバタと動かし逃げようとするが主の手は全く緩まない。全力で握りしめても我にとっては痛くも痒くもない事を知っているので容赦がない。


『主、放して下さい』

『モモちゃん、話して下さい』

 我の最後の抵抗さえも上手い事言い返されてしまった。

『……我が勝手にやりました』

『説明!』

『最初は主に拾われた日が主の誕生だと知って、誕生日の夕暮れ時にあんな場所に一人でいた事が気になりました』

『ボッチでごめんね。本当にごめんね。生まれてきてごめんなさい』

 あ~、こうなるって分かってたから言いたくなかったのに。

『主がパリピで誕生日に仲間とウェーイとやってたら、主の誕生日が我の死んだ日になってましたから』

『マルちゃ~ん……私がボッチで良かった?』

『いいえ。ボッチで良かったなんて一言も言っていません』

『ひどっ! 持ち上げてから落とすなんて酷いよー!』

『もしも時間をあの日に戻せるならば、我は自分の命よりも主がボッチで無い事を願います。頼れる人、頼られたい人、笑顔で語り合える人、難しい顔を突き合わせて意見をぶつけ合う人、愛したい人、愛されたいと思う人、沢山の人の輪の中で主が楽しそうに笑顔で居て欲しいと願います。勿論我は楽しそうな主の傍に一秒でも長く居たいと思います」

 主は路肩にカブを停めて「そんな事言われたら、もう前が見えなくて動物園の開園時間に間に合わないよ……モモちゃんの馬鹿!」とお叱りの言葉が頂いた……とても嬉しい。

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