第14話

 やはり、開園時間には少し遅れてしまった

 バイク用の駐輪場は半分ほど埋まっていたが問題なく駐輪出来た。

 

『正門の前の道を真っすぐ進みます。すると左がアザラシ館で、右がペンギン館があるので、どちらもお勧めです。アザラシ館の隣がホッキョクグマ館です。プールの中で遊ぶホッキョクグマを横から観ることの出来て、何時までそこを離れられない人もいるそうです』

 その何時までも離れられなかった奴が我だ。旭山動物園に初めて行った時は、鉄格子もなくプールの中に漁業用の球体の浮き球が入れてあり、元気なホッキョクグマが爪を器用に浮き球のロープを結ぶ穴に突っ込んで、抱きしめたり振り回して窓にぶつけたりして遊んでるのを,

 閉園時間が近づいてきて客足が少なくなっているのを良い事に、真正面からそれを何時までも見ていたのは我の事だ。

 

『モモちゃん詳し過ぎ』

『こう見えて情報収集には些か自信があります』

 ほぼ実体験だけどね。

『確かに、こう見えてだよね。モモちゃんみたいなエゾモモンガなんて他に居ないんだから』

 そう言って笑ってくれて我も笑う。あっちの世界にはこういう時間が存在しなかったんだよな。



『モモちゃんの一押しのオオカミさんはどうですか?』

『キリっとしていて格好良い!』

 我はオオカミたちのこういう姿を見たかったんだよ。

 前回来た時は頭の中で「猫は液体」という言葉が何度もリフレインされるくらいに、暑さに溶けてペッタリと地面に張り付き、立体感が喪失した状態で「暑いというより熱い。もう死ぬ。何もしたくねえ」と無気力感を漂わせているオオカミの姿に「俺は一体何を見せられているんだろう?」と疑問しか湧いてこなかった。

 それくらい良く言って毛皮の敷物。有体にに言って汚い毛皮の敷物。

 いや、それ以前に一見してオオカミだと認識出来ずに「あれ? オオカミ居ないだろ? 何処に居るの?」と混乱したくらいだ。

 

『満悦とはこういう事なんですね。主!』

『良く分からにけど、喜んでくれて良かったわ』

 そういう主だって楽しそうではないですかと思ったが言わぬが花である。


 午前中一杯は主と共に動物園を楽しんだ。

 主が夢中になっていたのはぺんぎん館のアクリル製の水中トンネルの中から眺められるペンギンが泳ぐ姿だった。

 そして更なる目的地に向かう訳だが、今日の目的地は近いのだが時間的にはかなり際どい。

 主の希望で名寄に泊まる事になったが、名寄である理由は名寄市立天文台きたすばる。そこでプラネタリウムを見て、可能なら望遠鏡で星を見たいとの事だが、プラネタリウムは出来るなら十六時と十八時のプログラムを見たいとの要望であり、途中で先に宿のチェックインを済ませるなどの時間を考えると、間に合うと良いですね主。


『札幌以北で天文台と大型のプラネタリウムが併設されている施設は名寄と北見。そして旭川だけなんだよ。何故か札幌青少年科学館も天文台とプラネタリウムがあるって事になってるけど、札幌天文台があるのは中島公園だよ。青少年科学館は新札幌なんておかしいよね。滅茶苦茶離れてるじゃない。私ね天文台の夜間公開スケジュール見て新札幌まで行ったんだよ。夜の八時に』

 それは主がちゃんと確認しないで突っ走った結果のミスじゃないかと思う。

 ちなみに札幌以北でも陸別にもあった気がするが……小さいのかな? とにかく北見とか陸別とかはね、遠いから自分の行動範囲外という認識になるので詳しくは知らない。


『とっくに閉館して真っ暗な科学館の前で私がどんな気持ちだったか分かる?』

 前々世でその場に偶然その場に居合わせた気持ちになって「ねえ今どんな気持ち? ねえどんな気持ち?」と煽り散らかして上げれば良いのだろうか? ……知らんがな。

『あっ! モモちゃんそんなの知らないよって顔してた』

『そんなの知らないよって顔ってどんな顔ですか?』

『だってそんな顔してたんだもん』

『そんな無茶な……』

 まあ、自分の顔がどうなっていたかは知らないけど思ってはいたんだよね。さらにもっと酷い事も考えてたけど。


『そういう訳で、さっさと宿にチェックインして、きたすばるに行くの。プラネタリウム観て、望遠鏡で星を見るのよ!』

『主、我は星にはあまり興味がない』

『えっ、何で? 星って綺麗だよ』

『我も昔は星を見上げるのが好きでしたが……飽きました。こちらの空と違い我が生まれ育った世界の空は空気が澄んでいる上に、星が見え難くなるくらいに夜遅くまで明るい場所など……我が知る限り世界に三か所。しかも明るい範囲はとても狭いので、ほぼ何処からでも星は綺麗にそしてはっきりと見えました。しかしどんな感動も三百年も毎晩の様に見ていると、年に一回の流星群も、数十年に一度の彗星も驚きと感動が薄れて行くんです。しかも龍は記憶力が良いので、思い出そうと意識を集中すると脳裏に、劣化の無い高画質で再生可能なのですよ。そんな我にとって、こちらの世界の夜空など……』

 成層圏の上層(上空五十㎞)を越えて、宇宙(上空百km)でまでとは言わなくても中間圏界面(上空八十五㎞)まで上がれば違った景色が見えるのかもしれないが、流石に其処は龍でも「寒すぎて死ぬわ!」と叫ぶ世界だよ。

『良いなぁ~私もそんな境地に至りたい!』

 ふっ、星好きにとってその境地はある意味地獄ですよ。

『それに【星見】という魔法があってどんなに暗い星だって見えるようになるから、特にこちらの夜空に興味は……ねえ?』

『待って、その魔法私にかけてよ』

『本気ですか? 今かけたら眩しくてきっと気絶しますよ』

 マジで視野に焼き付けが出来て半透明な小さなスポットが見えるようなりますよ。我は前々世で左目の視界の中心から少し左にスポットが出来たせいで、視線がそれを追ってしまうと瞳がドンドン左に動いて斜視状態になり、結果的に脳が左目からの情報を無視して、右目だけで世界を見ている状態になった。その症状を自覚したのは左目を閉じても視界が変わらないという事実に気付いたからだった。

 だから、気を付けろ!


『……夜に、お願いします』

『はい、それでは北見のきたすばるはどういたします?』

『行く~プラネタリウムは別腹だから行かない理由が無いよ』

 実際に見る夜空とプラネタリウムは別腹か、別腹と言う表現には疑問があるが、その気持ちは分かる。


 七年前の大地震。北海道のほぼ全域がブラックアウトしたあの夜。

 停電がどの範囲にまで及んでいるか確認するために家を出て、どちらの方向も、不夜城すすきの方向さえも真っ暗だった衝撃に思わず空を仰いだ。その時に目に飛び込んできたのは札幌では見た事も無い数の星々の光。目を凝らすと更に見える星の数が増えていく事に地震の事さえ忘れて興奮し感動した。

 だけど、それを見てもなおプラネタリウムに通うのは止められなかった……独りでね。

 何この人、独りでプラネタリウムに来てどういう事? みたいなカップルの視線にめげる事なく……何だか悲しくなってきた。


 兎に角、プラネタリウムの星は現実の星とは違うけど、違った良さがあると思う。

 例えばプラネタリウムには解説者がいる。その説明が面白い。

 夜空を見上げても星と星を繋いで星座として認識するという感性がない我にとっては、ぱっと見で分かるのは北斗七星と各季節の大三角、そしてカシオペアくらいだ……そもそもカシオペア以外は星座ですらない。

 だからこそ、頭上のスクリーンに投影された星々を、分かり易い大三角などを起点に星々を繋いで星座を描いて解説をしてくれるのはとてもありがたい。他には二か月ごとにテーマを変更して宇宙に関する解説も必ず見に行くようにしている……エゾモモンガになった後も。これは主には内緒だ。

 

 そしてプラネタリウムの興味深い点は解説者の個性や経験一つで全く変わってしまう事だ。

 我は年配の男性解説者の回が好きだった。

 女性や若い男性解説者は活舌も明瞭だが、投影されている満点の星々を全て解説する勢いで早口で情報を放り込んでくる為、情報量が多過ぎて聞き流してしまう部分が少なくない。

 一方年配者はゆっくりと、しかもテーマに沿って重要な情報に絞って詳しく説明してくれるので情報がすんなり頭に入るのだ。

 更に年配男性は要所要所で、しょうもない星座に関するダジャレを口にすることで、その情報の印象を深めたりと、プラネタリウムの解説はただの説明ではなくエンターテイメントだという事が分かる。

 もしも上映スケジュールに解説者の紹介があるなら、我はおっさん解説者の回の日を選択しただろう。

 だから我には、主のプラネタリウムが好きな気持ちが良く分かってしまった。



『そういえば、モモちゃんの元の世界って、太陽や月が二つとか三つあったりするの?』

 ……?

『もしかして主が、国立大学の理系の学生と言うのは詐称なのでしょうか?』

『えっ、いきなりディスられてるの私』

『太陽や月が複数個存在する地獄の様な環境で、生物が文明を築けるほど高度に進化し熟成するのは不可能だと想像する事さえ出来ませんか? 複数の太陽が存在する星系の惑星では、恒星の周囲を一公転する一年と言うサイクルに規則性がありません。それどころか複数の恒星の重力の綱引きの結果、星系外へと飛ばされる可能性が非常に高くなります。実際に複数の恒星を擁する星系には、惑星が存在する確率はかなり低くなります。また地球の月は地球の海や大気に対して規則性をもって干渉しますが、衛星が複数の場合も規則性が失われます。そして恒星や衛星が複数存在する場合は重力の干渉はとても複雑であり高度な数学を用いなければ暦を作る事は不可能です。数学は暦を作るという大事業によって発展したので、最初から要求される数学のレベルが高過ぎれば暦造りが失敗し、つまり数学が発展もかなり遅れるでしょう。更に言えば暦があってこそ農業は発展したのです。それまで個人の経験則によって行われた農業は暦が出来た事で誰もが田植えや収穫の時期を知る事が出来るようになりました。主もご存じの様に、文化という言葉の語源は農耕であると言う事実は、文化・文明の発展はその様な環境ではありえない事を意味しているのです。そして複数の恒星と衛星を持つ惑星の自然環境は生物にはとても過酷です。特に植物は惑星の一年と言うサイクルに合わせて自らのライフサイクルを合わせてきたので、不規則で春の冬が来る事もあるような環境では育つことは難しいでしょう。そんな状況で生物が長い時間をかけて進化し、知恵を身に付け文明を花開かせる余裕など持てると? そもそも理想的な環境の惑星であったしても、生物が誕生し、文明を築き上げるまで進化する事自体が奇跡だという事を理解していますか?』

『ごめんなさい。理系の風上にもおけない駄目学生でごめんなさい。生まれてきてごめんなさい』

 我に早口で詰められて涙目だった……そんな主も可愛いですよ。

『でも漫画とか小説で、そこが異世界だと強調する為に太陽や月が複数あって……』

『……主、我が前世で過ごした世界は漫画の世界ではありません。漫画と現実はきちんと区別して下さい』

 流石に自分が三百年以上も生きた世界がおとぎ話レベルで語られるのは嫌だ……転生して自分の親の姿を見て「ファンタジーかよ」と思うくらいなので、それは絶対に駄目です。我の心を抉る禁句ですよ。

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