第18話 木蓮と心配の種
琴音は葉山の話を黙って聞いていた。葉山に『本当はそんな人?』と聞いたときの様子も覚えている。
葉山が人の様子を見て、楽しそうにしながらも気遣っている姿を、優しい人だと思いながら見ていた。でも、それと同時に少し無理しているように見えたから質問した。そのとき、葉山は何も言わずに、今まで見せたことのない、優しく、少し物悲しげな微笑みを見せた。
その微笑みの意味はわからなかったが、この先、彼と一緒にいられる時間があるなら、そのときはお互い気を使わずにいられるような関係になれたらいいなと思った。
自分が大好きな人に好きだと言われたことも、素直に嬉しかった。
もう少し前のわたしなら、受け入れることができただろうか。自分のことも受け入れてなかったから、喜んでOKしたとしても無理して自分を作り、疲弊していただろう。
自分を偽らず自然体で人と接することができるようになったのは、葉山くんのおかげでもあると思っている。だから尚更、好きだと言ってくれたことに、素直に嬉しいと思えたことで、更に喜びが倍増し、爽快な気持ちになった。
拓海の事は、葉山くんも知っていながら、わたしを好きだと言ってくれた。ってことは彼は今、そのことについては、気になっていないのかもしれない。
わたしこそ拓海のことで嫌われたと思っていたから、気になってなさそうな葉山くんを見て、気持ちのどこかで大きく安堵した。
拓海のことは本当なら、なかなか厄介な問題だ。ヤキモチにつながるとか、なんで早く言ってくれなかったの?とか。
でも拓海の問題はお互い気にしていない。今のところはいとも容易くクリアしている。
もしかしたら、この先他になにか問題が起きたとしても、葉山となら乗り越えられるかもしれないと琴音は思った。
葉山が琴音からの返答を、少し不安そうな顔をしながら待っている。彼女はすぅっと深めの呼吸をしてから話始めた。
「私ね、いろんなものを一度投げ出したから、やらないといけないことが沢山あるの。
まずスタートラインにしっかり立って、もう一度始めないといけない。
今までわたしは、当たり前にずっと生きてきてるけど、スタート地点に立つこともしてなかった。
なんとなく生きてきたんだよ。
それで思ったの。
自分の人生にしっかり向き合ってみようと思う。
生きてたってみんな向き合ってるわけじゃない気がするの。
人ってなんとなく生きて、途中で自分と向き合ってないことに気付いても、知らないフリしながら生きていけると思う。
でも私は向き合いたい。
気付いちゃったんだ。
自分と向き合うか向き合わないかで、人生って変わる気がする。
どうせ生きてるならしっかり自分を理解して、自分と一緒に進みたい。
もう、見えるのに見えないフリしたくない。
それでね、わたしがうまく人生と付き合えるようになったときに、そばに葉山くんがいたらとても幸せだと思う。
だから残念ながら、葉山くん、今日はフラれないよ」
琴音はイタズラっぽい笑顔で葉山の顔を覗き込んだ。
葉山は琴音の覗き込んだ視線に、わざと大げさに合わせながら「良かった」と言い、二人で笑い合った。
「あの折った枝?木蓮?
僕ね、ネットでなんとなく検索したことがあって。
あの花って一億年前からほとんど変わらない状態で、存在してたんだって、知ってた?
だからあの琴音さんちの木蓮もさ、一億年だよ?
恐竜がいた頃からだよ?
きっと色んなもの見てきてるよね。
すごいと思わない?」
「そうなの?木蓮すごいね。
でもうちの木蓮はたぶんおばあちゃんかおじいちゃんが植えたから、恐竜の時代は知らないよ。
でもこの先の一億年は見るのかもね」
「そうだね。
琴音さんちの木蓮はさ、すでに僕らの出会いを目撃してるでしょ?
これからもきっと色々見るんだよ」
「これから一億年?」
「そう、一億年」
きっと、この先予想のつかない事が色々起きるんだろうと思う。今までに経験したことがないような、辛い経験もするかもしれない。
でも、自分だけは見失わないように、自分と離ればなれにならないように、葉山くんに見張ってもらえたら最高だなと思った。
この人ならお願いしたら、二つ返事で、それも満面の笑みも追加でOKしてくれそうだ。
でも一つ問題がある。
これから葉山くんともっともっと仲良くなって、もし、万が一、結婚でもするようなことがあったら、どんな顔して親戚の集まりに行けばいいんだろう。
拓海にあんなこと言っちゃって……。それだけが今の心配の種だ。
木蓮 山犬 柘ろ @karaco
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