第2話



爪が膝に食い込む。

胸の奥が痛い。



その時、黒服が静かに近づいてきて、ユリさんの耳元で何かを囁いた。

ユリさんはわずかに笑って、瀬崎さんへ体を向ける。



「瀬崎さん、ごめんね。ちょっとだけ席、外すね」


「おぉ。じゃあシホちゃん、頼むよ」



軽口を返す瀬崎さんに一礼し、ユリさんは黒服の後について奥へと歩いていく。

ヒールの音が控えめに響き、その背中は堂々としていて優雅だった。



その先にあるVIPルームには、穂高さんがいる。



すぐそこにいるのに、近づくことはできない。

ただ、背中が消えていく方向を視線だけで追い続けるしかできなかった。



……会えた。けど、どうやって……。



声をかけるタイミングも、そこに踏み込む勇気もない。

今の自分はお店のキャストでしかない。



こんな姿で近づいて、軽蔑されたらどうしよう。

あの冷たい目で見られたら、拒絶されたら……。



怖くて想像もできない。






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