第3話




「シホちゃん、氷、もうちょい入れてくれる?」



ぼんやりしていた意識が現実に引き戻される。

慌ててグラスを取り、おしぼりを差し出して作り笑顔を浮かべる。



「す、すみません。すぐ入れますね」



手元でトングがカチャンと音を立てる。

視線だけが、どうしてもお店の奥、あの扉へ吸い寄せられてしまう。



……今、向こうで何してるんだろう。

ユリさんとどんな会話をして……



「なぁ」



不意に呼ばれ、肩がビクリと跳ねる。

隣に座っていた瀬崎さんが、私の肩へとそっと手を置いていた。



「そんな緊張しないで。慣れてないのは分かるけどさ」



肩越しに貼りつく熱。

じわりと肌を這うような、お酒と煙草の混ざった匂い。



距離が近づいた瞬間、瀬崎さんの視線がどこにあるのかは言葉より先に分かった。



胸元、脚、唇――じろじろと舐め回すように上下する視線。



ぞくり、と背筋を冷たいものが這い上がる。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る