試作品072号
秋乃光
ガールフレンド(2/7)
一週間前、試作品072号は僕の
自他共に認める
一週間後の今日、試作品072号は僕の望む形で帰還している。
コーヒーを啜りつつ、これから
*
バイトの面接の帰りに、
半ばヤケクソだ。身の上話を聞いてくれるのなら、相手が誰でもよかった。たとえ身元不明の生首だとしてもだ。
「人手が足りなくてバイトを募集してるのに、落とすってあり得んくない? ナナニーはどう思う?」
生首の首の部分には『072』の刻印がある。だから、仁那はこの生首を“ナナニー”と名付けた。
ナナニーは両目を閉じて、機をうかがっている。額に埋め込まれた第三の目だけが、仁那を見ていた。
「たかがコンビニなんだから、バイトを選り好みすんなよな。ぜってー行かねえ」
今回は特にひどい。その場で不採用を言い渡された。面接の途中で、もう帰っていいよ、と、持ってきた履歴書をたたき返されて、事務所から追い出されている。
仁那は三本目の缶チューハイを握りつぶして、アルミ缶をまとめているゴミ袋に投げ入れた。それから、フローリングへ寝転がって、スマホをいじり始める。次の面接先を探さなければならない。
「スーパーのレジ、は、忙しそうだしババアの対応がだるいし、バックヤードは寒いし虫が出そうだし、なしなし。新聞配達は、朝早いし、イマドキ新聞を読んでいるヤツなんて時代遅れのジジイぐらいだし、無理無理。短時間かつ簡単な業務でめっちゃ稼げそうなのは、闇バイトのニオイがするから、ダメダメ。カフェバイトはキラキラ系大学生のやることだから、向いてねーし、コンビニ以上に面接で落とされそー。酔っ払いに絡まれるから居酒屋もやめとこ。選り好みしていると、マジで何もないよな、バイト。てか、すぐ辞めちゃうから募集してんじゃね?」
新卒での入社先でパワハラに遭った。半年で辞めて、流行りのフードデリバリーを始めてみたものの、思っていたより面白くなかったので続いていない。
ナナニーは答えない。まるで精巧な置物のようだ。
娘を不憫に思った親からの仕送りでどうにか生活しているような状況。安定した収入がほしいので、バイトを探し続けている。
こんな状況なので、ナナニーには何も食べさせていない。何を食べるのかもわからない。
「実家に帰ろうかな……」
インスタやフェースブックには、大学の同期や高校の同級生らの、幸せそうな最新情報が流れてくる。流し見しながら、このまま都会で一人暮らしするより、実家に帰って家族と暮らしたほうがいくらかマシなのではないか、という考えが、仁那の頭によぎっていた。
「帰るのだとしたら、ナナニーもいっしょに帰る?」
「うん」
返事をされて、仁那は飛び起きた。会話が成立したのは初めてである。これまでは仁那が一方的に愚痴っているだけで、ナナニーからのアクションはなかった。
「帰る。試作品072号は、博士のところへ帰る」
閉ざされたままだったまぶたは開き、翡翠色の瞳が仁那を見据えている。意志を持った目だ。
「わ!?」
ナナニーのセミロングの髪の毛はうねうねと伸びて、母親から送られてきた包丁を掴んだ。その刃先を、仁那に向けている。
「何? ……何っ!?」
慌ててナナニーから距離を取った。混乱しながら、スマホで助けを呼ぼうとする。指先が震えて、うまく操作できない。
「博士のところへ帰る」
「ちょっと、待ってよ! 博士って誰!」
「帰る」
今度は直接、髪の毛が仁那の顔と胸に巻き付いた。ミシミシと音がする。トドメを指すように、首筋に包丁が突き立てられた。口に巻かれていた髪の毛が悲鳴を最小限に食い止めている。
*
と、いうことで、試作品072号は僕のテストに合格した。おめでとう!
ナナニーと呼べばいいかな。それとも、仁那のほうがいいかい?
他の試作品たちは外に出ようとしない。僕に「ボディを作ってください」と頼むばかりだ。僕を頭ばかりを作る
大事なのは一歩踏み出す勇気さ。足がなくとも、動くことはできる。悩んでいても仕方ない。行動した者が物語を動かす。
ねじ切った頭はどうしたの?
まだ部屋に転がっているのなら、回収してきたほうがいいかも。近いうちに、仁那の家族か知り合いが、仁那がいなくなったことに気付くだろうから、そのときには僕が出て行って説明しよう。
あなたたちの仁那さんは、超天才の生み出した超すごい試作品が身体を乗っ取りまして、これからの人類にとっても有意義なテストを繰り返していきます、と。仁那さんはファーストペンギンになりました。……これだとわかりにくいですか?
歴史に残る偉業です。も、付け加えておこうか。
試作品072号 秋乃光 @EM_Akino
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