第3話 魔物襲来!パンで戦う夜

 夜の帳が下りた村に、不穏な気配が漂っていた。

 窓を閉めた家々の隙間から、子どもたちの怯えた声が漏れる。牛小屋の牛が鼻を鳴らし、犬たちは一斉に吠え立てる。


「……来るな」


 焚き火の明かりの向こう、丘の斜面がざわめいた。

 木々を揺らして現れたのは、背丈の倍ほどもある狼型の魔物。毛並みは黒く、目は血のように赤い。牙の先からは粘つく唾液が滴り落ち、地面を焼いた。

 その後ろにも、影がぞろぞろと続く。十、二十――数え切れない。


 オズが杖を握りしめた。

「数が多い……村の柵じゃ持たねぇ!」


 騎士たちも剣を抜くが、疲弊しきった身体では動きが鈍い。

 村人たちは戸口に立ちすくみ、恐怖に足を縫いつけられている。


 私は窯の前に立った。

「ミル」


『わかってる。風はあなたの熱を運ぶ』


 私は粉袋を掴み、生地をこね始める。

 力強く叩き、折り、練り上げるたびに、窯の火が応えるように赤々と燃えた。


「剣じゃなくても戦える。……俺はパンで守る!」


      ◆


 最初に焼き上がったのは――硬焼きパン。

 表面は岩のように硬く、中はぎゅっと詰まっている。

 窯口から取り出すと同時に、私は一気に魔物へ投げつけた。


 ごんっ!

 石をも砕く衝撃音。硬焼きパンは狼型魔物の鼻先に直撃し、その巨体がぐらりと揺れた。

 思わず騎士が叫ぶ。


「パンで殴った……だと……!?」


「次だ!」


 私は二つ目を投げ、三つ目を騎士に渡す。

 彼らは困惑しながらも、まるで石つぶてのようにパンを振るい、魔物たちの群れを押し返す。


      ◆


 次に窯から取り出したのは――眠りパン。

 蜂蜜を練り込んだ丸パンの表面に、風の精霊ミルが囁きを吹き込む。


『おやすみ……眠れ……』


 甘い香りが夜風に乗り、群れの前列に漂った。

 鼻をひくつかせた魔物たちが、よろめき、やがて次々と地面に倒れ込んでいく。

 騎士や村人たちの目が丸くなった。


「ま、魔物が……寝てる……?」


「嘘だろ……パンひとつで……」


      ◆


 だが、最後尾にいた巨体の魔物は違った。

 他の魔物を踏み越え、唸り声を上げて突進してくる。

 その姿に、村人たちの悲鳴が重なる。


 私は最後の生地を窯に入れた。

 火が爆ぜ、ミルの風が踊る。

 焼き上がったのは――爆裂パン。

 中に仕込んだ香辛料と空気の層が、衝撃を受ければ爆ぜる。


「これで決める!」


 私は爆裂パンを投げつけた。

 巨体の口の中へ吸い込まれるように飛び込み、次の瞬間――

 どんっ!

 轟音と共に閃光が走り、魔物の頭がのけぞった。

 黒煙を上げて後ろに倒れ込む。

 地面が震え、夜空に土埃が舞い上がった。


 静寂。

 眠る魔物たち、怯えて逃げ散る小型の魔物。

 広場に残ったのは、驚きと歓声だけだった。


      ◆


「……守った。パンで」


 私は肩で息をしながら、まだ熱を残す窯を見つめた。

 ミルが笑い声を立てる。

『ね、言ったでしょ。あなたのパンは、刃より強い』


 オズが杖を突きながら近寄ってきた。

「パン職人どころじゃねぇ……聖なる守り手だ。レオン、おまえは本物だ」


 村人たちが次々に頭を下げ、騎士たちが涙を浮かべる。

 私は静かに首を振った。


「俺は勇者じゃない。ただのパン屋だ。だけど……このパンでみんなを守る。それだけだ」


 その言葉に、広場に大きな拍手が起こった。

 夜空の星々が、まるで祝福するかのように瞬いていた。


👉 次回「第4話 王都からの召喚」

レオンの噂は王都に届き、再び王国から呼び出されることに――。

かつて追放された勇者が、“パン職人”として王都に立つとき、世界の運命が動き出す!

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