第2話
俺の隣に座り込んだ銀髪の美少女剣士、リリア。
彼女はよほどお腹が空いていたのか、先ほど出てきた肉まんの残り香がするカプセルを、名残惜しそうにクンクンと嗅いでいる。
「不思議な置物さん……あなたはいったい何者なのかしら。こんなに美味しくて温かい食べ物をくれるなんて、まるで伝説に出てくる魔法の道具みたい」
(俺はただのガチャマシン。元社畜だ)
もちろん、心の声は届かない。
リリアはふぅ、と一息つくと、自分の体の傷に目をやった。
「……少し体力が戻ったけど、この傷じゃ、まだ森を抜けるのは難しそう。さっきの魔物……オークの子供(ホブゴブリン)だったけど、まだ近くに親がいるかもしれないし」
(ホブゴブリン!? それって結構ヤバいやつじゃないか?)
ゲーム知識しかない俺でも、ゴブリンの上位種だってことくらいは知っている。そんなのに襲われたのか、この子は。
だとしたら、悠長に休んでいる暇はないかもしれない。
「薬も、もう切れちゃったし……どうしよう」
リリアがしょんぼりと肩を落とす。その姿を見て、俺は自分のステータスを思い出した。チュートリアルボーナスで、景品のラインナップが増えたんだった。
【ラインナップ(N)】:Nポーション、N解毒草、保存用ビスケット、綺麗な水……
(ポーションがあるじゃないか! これさえあれば、彼女の傷も……!)
問題は、どうやってガチャを回すかだ。
さっきのチュートリアルコインはもうない。俺の中にストックもない。
リリアも当然、そんな特殊なコインは持っていないだろう。
(くそっ、肝心な時に! 何か方法はないのか……? スキル……スキル……【因果応報カプセル生成】? なんだこのスキル……)
因果応報。原因に応じた結果が報いる、という意味だったか。
ガチャに大金を突っ込んで爆死した俺がガチャマシンになったのが「因果」で「応報」だとしたら、たまったもんじゃない。
だが、このスキルの意味は、きっと違うはずだ。
(原因……つまり、何か〝対価〟を払えば、結果としてカプセルが生成される、とかそういうことか? 対価ってなんだ? 金か? いや、この世界の通貨なんて知らないし……)
俺がうんうん唸っていると、リリアが何かを思い出したようにハッとした顔で立ち上がった。
「そうだ! あのホブゴブリン、倒した時に何か落としてたかも!」
そう言うと、彼女は少し離れた茂みの方へ駆けていく。しばらくガサゴソと何かを探していたが、やがて汚れたナイフと、豚のような大きな耳を一枚持って戻ってきた。
「やっぱり。ナイフは錆びてるけど、この耳は素材としてギルドに持っていけば、少しはお金になるはず……。でも、ここから街までは遠いし……」
リリアは手の中の「ホブゴブリンの耳」を眺めながら、再びため息をついた。
その時、俺の頭の中に閃きが走った。
(――対価、それだ!)
俺は念じた。
(目の前の素材を〝対価〟として認識しろ! そしてコインを生成するんだ!)
しかし、何も起こらない。
リリアは、どうしたものかと途方に暮れながら、持っていた耳とナイフを、とりあえず俺の足元(?)に置いた。
その瞬間だった。
リリアが置いたホブゴブリンの耳が、淡い光に包まれてフッと消えた。
「えっ!?」
驚くリリア。俺も驚いた。
直後、俺の頭の中に無機質なアナウンスが響き渡る。
【ホブゴブリンの耳(素材ランクD)が奉納されました。対価として50コインが生成されます】
カラン、カランカランッ!
軽快な音を立てて、コインの返却口からピカピカの銅貨が数枚、こぼれ落ちた。
「こ、コインが……!?」
リリアは目を丸くして、地面に落ちたコインを拾い上げる。それはさっき使ったチュートリアルコインと同じ、見慣れない模様のコインだった。
彼女はコインの枚数を数え、そして信じられないという顔で俺を見上げた。
「もしかして……魔物の素材を、このコインに変えてくれたの?」
(ご名答! どうやら俺には換金機能も備わっているらしい! 因果応報、万歳!)
リリアはゴクリと唾を飲み込み、今度は錆びたナイフを俺の足元にそっと置いた。
すると、またしてもナイフが光に包まれて消え、アナウンスが響く。
【錆びたナイフ(素材ランクF)が奉納されました。対価として5コインが生成されます】
チャリン、と数枚のコインが排出された。
合計55コイン。これでガチャが5回は回せる。
「すごい……すごいわ、あなた! まるで歩くギ
ルド換金所ね!」
(歩けないけどな!)
リリアは大喜びでコインを握りしめると、早速一枚を投入口に入れた。
そして、期待に満ちた顔でハンドルを回す。
ゴトン!
出てきたのは、青いカプセル。
パカッと開けると、中には緑色の液体が入った小さな小瓶が収まっていた。
「これは……ポーション!?」
リリアは小瓶のコルクを抜き、恐る恐る傷口に数滴垂らす。すると、擦り傷や切り傷が、シュワシュワと音を立てながら塞がっていくではないか。
「傷が……治っていく……。こんなに質の良いポ
ーション、街で買ったら銀貨はするのに……」
彼女はあっという間に目に見える傷を治してしまった。
そして、俺に向き直ると、その琥珀色の瞳をキラキラと輝かせた。
「あなた、やっぱり神様の道具だわ! あなたさえいれば、私、もっと強くなれる! もっと稼げる!」
(なんか目的が世俗的になってないか?)
まあ、彼女が助かるなら何でもいい。
すっかり元気を取り戻したリリアは、力強く頷いた。
「決めた! 私、あなたと一緒に旅をするわ! この森を抜けて、街まで一緒に行きましょう!」
(おお、心強い申し出だ! ……って、ん?)
俺は重大な事実を思い出した。
スキル【絶対不動】。俺は、ここから一歩も動けないのだ。
リリアもその事実に気づいたらしい。
彼女は俺の巨体を前に、うーん、と腕を組んだ。
「そういえば、あなた、動けないのよね……」
彼女は俺の側面に回り込むと、「よいしょっ!」という掛け声と共に、全体重をかけて俺を押し始めた。
「う、うーんしょ……! うーんしょ……!」
銀髪の美少女が、巨大なガチャマシンを押そうと必死に顔を真っ赤にしている。
なんともシュールな光景だ。
だが、悲しいかな。俺の体はびくともしない。
数分後、リリアはぜえぜえと息を切らしながら、その場にへたり込んだ。
「だ、だめ……。重すぎる……」
そして、潤んだ瞳で俺を見上げてくる。
「……ねえ、どうしよう?」
(俺に聞くな!)
こうして、俺たちの旅は、出発前からいきなり詰んでしまったのだった。
【あとがき】
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