異世界に転生したらガチャマシンだったんだが、腹ペコ美少女剣士に拾われて相棒になった件

Ruka

第1話

「頼む……! あと一回、あと一回だけ回させてくれ……ッ!」


なけなしの石をかき集め、祈るような気持ちでスマホの画面をタップする。

眩い光、胸の高鳴り、そして――画面に表示されたのは、見飽きた星3のゴブリン。


「うわああああああああっ!」


俺、社畜三十郎(しゃちく みつろう)。三十代。

唯一の癒やしだったソシャゲの限定ガチャで大爆死し、俺の精神は臨界点を突破した。

連日の徹夜と休日出勤でHPはとっくにゼロ。そこに追い打ちをかけるガチャの沼。俺の心はもうズタボロだった。


後輩のミスをカバーし、上司の無茶振りに応える。そんな日々のストレスを、俺はガチャで解消していた。いや、ストレスを別のストレスで塗りつぶしていただけだったのかもしれない。

スマホの画面が、だんだんと白く、強くなっていく。


ああ、これは天国からの光か……。

どうせなら、来世はもっと楽な人生がいいな。確率に一喜一憂することなく、ただ穏やかに過ごしたい。なんなら、一日中そこにいるだけで誰かの役に立てる、そんな存在に……。

そんな都合のいい願いを胸に、俺の意識は完全にホワイトアウトした。





「……?」


ふと、意識が浮上する。

最初に感じたのは、ひんやりとした土の匂いと、爽やかな木々の香りだった。

オフィスの淀んだ空気とは似ても似つかない。

(……俺、生きてる?)

目を開けようとするが、まぶたが見当たらない。手足を動かそうにも、感覚がない。

なんだこれ? 金縛りか?

いや、それにしては視界がおかしい。まるで、固定されたカメラからの映像を見ているようだ。目の前には、どこまでも続く深い森が広がっている。

(状況が全く理解できない……。俺、どうなったんだ?)

混乱していると、視界の隅に半透明のウィンドウが浮かび上がった。



【ステータス】

名前:名無し

種族:マジック・オブジェクト(ガチャマシン)

レベル:1

HP:3000/3000

MP:∞

所持スキル:【因果応報カプセル生成】【奇跡の排出率】【絶対不動】

内部ストック:チュートリアルコイン×1



「…………は?」


思わず声が出そうになったが、喉もなければ口もない。

代わりに、頭の中に直接、自分の声が響いた。いや、ツッコミが炸裂した。

(ガチャマシンだと!? なんでだよ! 確かにガチャは好きだったけど、俺自身がガチャになりたいなんて一言も言ってねぇよ! しかもスキル名が【因果応報】って、絶対あの爆死のせいだろ!)


俺の体は、どうやら見慣れたあの〝箱〟になってしまったらしい。透明なドームの中には色とりどりのカプセルが見える。そして、正面にはコイン投入口と、大きなハンドル。

鏡なんてなくても分かる。俺は、完璧なガチャガチャだ。


(異世界転生ってやつか? だとしても、あんまりだろ! 普通は勇者とかだろ! なんで俺だけこんな目に……これがガチャの呪いか!)


周囲を見渡しても、頼れる人間は誰もいない。ただ、静かな森が広がるばかり。

喋れない。動けない。

絶望的な状況に、俺は再び意識を失いかけた。

どれくらいの時間が経っただろうか。

ガサガサッ、と近くの茂みが揺れる音が聞こえた。


(ん? 何か来た……?)


緊張しながら音のする方を見つめていると、一人の少女がふらつきながら姿を現した。

年は十六歳くらいだろうか。銀色の髪をポニーテールにし、軽装の革鎧を身に着けている。腰には立派な片手剣。その姿は、まさにファンタジー世界の冒険者そのものだった。

しかし、彼女は満身創痍だった。鎧は所々が裂

け、腕や足には生々しい傷が見える。額からは血が流れ、息も絶え絶えだ。


「はぁ……はぁ……しつこい……っ」


少女は背後を警戒しながら、俺のすぐそばの木の幹に寄りかかって座り込んだ。

その顔は青白く、唇は乾いている。極度の疲労と空腹状態なのだろう。


(おいおい、大丈夫かよ……)


心配になったが、俺にできることは何もない。声をかけることすらできないのだから。

もどかしい思いで彼女を見つめていると、少女がふと、俺の存在に気づいた。


「……なに、これ?」


少女は虚ろな目で俺を見つめる。

無理もない。森のど真ん中に、ポツンとガチャガチャが置いてあるのだ。不審物以外の何物でもないだろう。

彼女は警戒しながらも、ゆっくりと立ち上がり、俺に近づいてきた。

そして、ドームの中の色とりどりのカプセルを、不思議そうに指でなぞる。


「……きれいな、タマゴ?」


(カプセルです。そして食べられません)

どうやら、この世界にはガチャガチャという文化はないらしい。

少女はしばらく俺の周りをぐるぐると回っていたが、やがて興味を失ったのか、再び地面に座り込んでしまった。


「お腹、すいた……。薬も、もうない……」


力なく呟く少女。そのお腹が「きゅぅ〜」と可愛らしく鳴った。

その瞬間、俺の頭の中に天啓が閃いた。

(そうだ! 俺はガチャなんだ! 中身は分からないが、何か役立つものが出るかもしれない!)

問題は、どうやって彼女に回してもらうかだ。コインなんて持っているはずが……いや、待てよ?

内部ストック:チュートリアルコイン×1

(これだ!)

俺は念じてみた。

(コイン投入口から、チュートリアルコインを排出!)

すると、カラン、と乾いた音を立てて、コインの返却口から一枚の銅貨が転がり落ちた。


「ひゃっ!?」


突然の出来事に、少女はびくっと肩を震わせた。

恐る恐る足元に落ちた銅貨を拾い上げる。それは見慣れない模様が刻まれた、奇妙なコインだった。


「今の音、ここから……?」


少女は音の出所である俺と、手の中のコインを交互に見比べる。

そして、何かを察したように、コイン投入口にそれをゆっくりと差し込んだ。

サイズは、ピッタリだ。

少女は、おそるおそる目の前のハンドルに手をかける。

そして、ゆっくりと、しかし力強くそれを回した。

――ゴトン。

重々しくも心地よい音と共に、取り出し口に赤いカプセルが一つ、転がり落ちてきた。


「わっ!」


少女は驚きながらも、そのカプセルを拾い上げる。

パカッと二つに割ると、中から湯気の立つ、こぶし大の丸い物体が現れた。ふわりと、醤油と肉の香ばしい匂いが立ち上る。


「い、いい匂い……。これ、食べられるの……?」


それは、俺たちの世界で言うところの「ほかほかの中華まん」だった。

少女は一口かじり、その琥珀色の瞳を驚きに見開いた。


「おいしい……! なにこれ、ふわふわで、あったかくて……力が、湧いてくる……」


少女は夢中で肉まんを頬張り、あっという間に平らげてしまった。

そして、空になったカプセルを名残惜しそうに見つめ、俺に向かって深々と頭を下げた。


「ありがとう、不思議な置物さん。あなたのおか

げで、助かったわ」


その時、俺の頭の中にアナウンスが響いた。

【初めてカプセルが排出されました。チュートリアルボーナスとして、レアリティNの景品が10種類アンロックされます】

【新しい景品がラインナップに追加されます:Nポーション、N解毒草、保存用ビスケット、綺麗な水……】


(おおっ! 品揃えが増えた! これなら彼女を助けられる!)


少女の純粋な感謝の言葉が、なぜだか俺の心(?)にじんと染みた。

ソシャゲでSSRを引いた時とは比べ物にならない、温かい満足感。

(……悪くない。ガチャマシンとしての異世界ライフも、悪くないかもしれない)

少しだけ体力が回復した少女は、俺の隣にちょこんと座り込んだ。

まるで俺が宝物であるかのように、その機体を優しく撫でている。


「私、リリア。しがない剣士よ。あなたは……もしかして、幸運をくれる神様の道具、なのかしら?」


(いや、ただの元社畜で、ガチャ廃人ですが)

もちろん、その声は彼女には届かない。

こうして、喋れないガチャマシンの俺と、腹ペコ美少女剣士リリアの、奇妙な異世界サバイバル生活が幕を開けたのだった。




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