一致団結
2148年9月3日 11時20分
冴木市 白桜大学 冴木キャンパス西館B棟 調理実習室
調理実習室には立ちのぼる湯気と焦げた香りが満ちていた。
和食班の鍋からは昆布だしの香りが広がり、
隣の鉄板では洋食班が焦がしバターのチキンソテーを焼き上げている。
その奥では、スイーツ班が静かにプリンを蒸し上げていた。
3部門が一斉に火を入れる光景は壮観で、
まるで研究会全体が一つの大きな厨房になったかのようだった。
「だしの澄み具合、問題なし。鰹節の香りも安定している」
和食班の代表が記録端末に数値を打ち込む。
鰹節も昆布も、旧文化研究によって復元された食材だ。
かつて海に囲まれた日本の食文化を支えたものを、今の時代に甦らせる。
だしを適切に扱えるかどうかは、研究会の力量を示す試金石だった。
一方、洋食班は焦がしバターを鍋に落とすと、香ばしい香りが部屋を満たした。
だがそれは人工品。合成乳脂肪から生み出された代替品で、扱いを誤れば一気に雑味が出る。
副代表が真剣な表情で温度を管理していた。
「……もう少し弱火。焦げが強すぎれば、ソテー全体が重くなる」
その横でチキンの皮がぱちぱちと弾け、黄金色に焼きあがっていく。
彼らが目指すのは、香ばしさの奥に柔らかな旨味が残る一皿だった。
スイーツ班の前には、銀色の器に入ったプリンが並ぶ。
宮本は蒸気の揺らぎを見つめ、冷却のタイミングを慎重に測っていた。
篠森悠真が匙を手に取り、試作品を口にする。
「甘味の立ち上がり……合格。食感も均一だ」
香坂璃音が香りを嗅ぎ分け、わずかに頷く。
「カラメルの苦み、許容範囲」
水無瀬湊は微笑みながら、舌触りを確かめた。
「なめらかさ、問題なし。これなら審査員も笑顔になるよ」
3部門がそれぞれの皿を追究しながらも、互いに声を掛け合うようになっていた。
以前は分野ごとに閉じこもりがちだった研究会が、いまは一つの目標に向かって動いている。
だが問題は、3品が並んだときの「相性」だった。
審査員は和食・洋食・スイーツを続けて口にする。研究会の一員が懸念を口にした。
「だし巻き玉子からチキンソテー、そしてプリン……流れとして重すぎないか?」
牧田教授が顎に手を当てて考える。
「確かに、油脂の余韻が残った舌にプリンを運べば、甘味が鈍るかもしれない。
チキンの皿には野菜の付け合わせとレモンを添え、
舌をリフレッシュさせる必要があるだろう」
「その方が、プリンの口どけが際立ちますね」
香坂が同意し、和食班も「だしの余韻が次の皿を邪魔しない」と確認した。
全員が集まる試食会で3品を順に食べ比べたとき、
確かにレモンの酸味がバターの重さを洗い流し、最後のプリンが柔らかに広がった。
研究会の誰もが小さく頷き合う。
皿と皿の相性は、ただの技術ではなく「文化をどう並べるか」という視点を試されているのだ。
宮本は器を手に取り、胸の奥で呟いた。
「だし巻き玉子、チキンソテー、プリン……3つが揃って初めて、私たちの挑戦が証明される」
宮本は会議の熱気を眺めながら、胸の奥に温かいものを感じていた。
自分一人で背負ってきたと思っていたプリンの挑戦が、今や研究会全員の挑戦になっている。
だし巻き玉子が前奏を奏で、チキンソテーが主旋律を響かせ、最後にプリンが余韻を結ぶ。
まるで一つの楽曲のように。
「これなら……3品すべてで“全員が納得する味”を示せるかもしれない」
その言葉に、仲間たちの表情が一斉に輝いた。研究会は一つになったのだ。
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