試練の条件

2148年8月2日 19時30分

冴木市 白桜大学 冴木キャンパス 大サークル棟 旧文化研究会 部室


グルメバトルの規定集が配布され、研究会の机に分厚い冊子が積まれた。

篠森悠真が最初に声を出す。

「……やはり徹底しているな。

 “異能の使用は調理補助に限る”、“製造ラインで工業的再現が可能なこと”」


紙面には細かい注釈まで添えられていた。異能で泡を消すのは可、

だが質感そのものを異能で作り替えるのは不可。

温度調整や水分制御は可、ただし製造機械で代替できる範囲に限られる。

解釈の幅はほとんど残されていない。


宮本梨花は冊子を握りながら、心の奥に重みを感じていた。

異能 《スパークル・ダイヤモンド》での冷却制御は武器である。


しかし、それが「なくても成り立つ」ことを証明しなければならない。

異能共生社会において、異能は文化の敵ではなく補助的な道具である。

――それを示す戦いでもあるのだ。


「つまり、プリンは僕らの腕だけで勝負しろってことだね」

水無瀬湊が苦笑する。彼の《アクア・レガート》も含水率を自在に操れるが、

工業的再現を踏まえれば使いどころは限られる。


香坂璃音は冷静に分析した。

「逆に考えれば、異能がない前提で完成度を高めるのが大会の本質。

 香りや食感を工業ラインでどう再現できるかを示せば、むしろ優位に立てるかもしれない」


その言葉に宮本は小さく頷いた。

異能に頼らない“本物の味”を追求することこそ、

自分が初めてプリンに出会ったときに抱いた疑問の答えに近い気がした。


一方で、他大学の様子も噂として流れてきた。


京都大学は橘雅彦を中心に、徹底した資料研究を進めていた。

橘の《テイスティング・クロニクル》は篠森と同系統で、味覚の記録と体系化に特化している。


副代表の安藤紅葉が《シュガー・メモワール》で甘味濃度を絶対比較し、

桂木や藤原らが食感や色調を補完する。

彼らの狙いは和菓子。

緻密な記録と学術的正統性で、文化復元の「正統派」を打ち出す構えだった。


博多復興大学は真逆の方向性を選んでいた。

有村海翔と篠崎花蓮を中心に、豪華絢爛な飴細工を準備しているという。

《フレーバー・ウェーブ》で香気を操り、《スイート・コンダクター》で結晶を制御する。

確かに工業再現性は疑わしいが、「派手さと技の妙」で審査員の心を掴もうという戦略だ。

市民の目を意識した賭けでもある。


広島新学館大学は柑橘再生農園と連携し、爽やかな酸味を武器にしたスイーツを構想していた。

江本柑子の《シトラス・コード》で柑橘由来成分の化学比率を同定し、

慧斗が粉の粒度を揃える。

酸味と穀物の調和を軸に、現代的で健康的なイメージを前に出そうとしている。


さらに北海学術院は氷室遼の《クリーム・スタビライザー》を駆使し、

乳製品を極限まで安定化させたアイス菓子で勝負するらしい。

冷涼な気候を背負った北国の自負を掲げ、乳文化の正統性を示す。


情報が集まるほど、宮本の胸はざわついた。

どの大学も個性を全面に押し出し、華やかさや専門性で審査員に迫ろうとしている。

対して白桜大学が掲げるのは――ただのプリン。


「派手さではどうしても負ける」

香坂の冷徹な一言に、誰も否定できなかった。


しかし篠森が付け加える。

「でも、逆に考えろ。俺たちの武器は“誠実さ”だ。

 全員が納得するプリンを出せれば、どんな派手な皿にも負けない」


その言葉に宮本は小さく笑った。確かに、華美ではなく、誰もが「そうだ」と頷ける味。

制約は試練であり、同時に道しるべでもあった。


「異能を超えた先に、本物がある」


そう心に刻んだとき、宮本の胸には再び小さな炎が灯っていた。

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