プリンの宣言
2148年7月26日 18時20分
冴木市 白桜大学 冴木キャンパス 大サークル棟 旧文化研究会 部室
翌週の定例会。議題は依然としてスイーツ部門の代表決定だった。
和食班と洋食班は着実に準備を進めている。
だが、スイーツだけは意見がまとまらず、研究会全体の足並みを乱していた。
「異能を大きく使った派手な飴細工は?」
「ルール違反になる。工業再現が不可能だ」
「じゃあ氷菓子系? 冷却は異能補助でも許されるはず」
「それも大量生産は難しい」
議論はすぐに行き詰まり、沈黙が重くのしかかる。
牧田教授が静かに口を開いた。
「異能制限はルールとして動かしようがない。ならば結論は試食会で出すしかないだろう。
味そのものを示す以外に、説得力はない」
提案に全員がうなずいた。
公平を期すため、食文化班以外の建築班や音楽班、
映像班のメンバーにも投票権を与えることが決まる。
研究会は文化全体を扱う組織だ。
食だけが特別ではなく、他分野からの視点が必要だという判断だった。
「試食会で最も評価を得たものを、スイーツ部門の代表にする。異論はあるか?」
篠森悠真の冷徹な声が響く。誰も手を挙げなかった。
その日の夜、スイーツ班は試作の候補を3つに絞った。
ひとつは華やかな飴細工をあしらったケーキ。
ひとつは異能を補助に使った氷菓。
そして、最後に――地味で素朴なカラメルプリン。
調理実習室に集められた研究会員たちの前に、3つの皿が並んだ。
飴細工は光を反射してきらめき、氷菓はひんやりと霧を纏う。
どちらも視覚的な魅力で歓声を誘った。対してプリンは小ぶりの器に収まっただけ。
湯気もなく、飾りもない。比較すれば一番見劣りする。
しかし、宮本は臆さなかった。器を両手で抱え、皆に向かってはっきりと言った。
「私が出したいのは、このプリンです」
ざわめきが広がる。
「地味すぎる」「大会で勝てるわけがない」という声。だが宮本は揺るがない。
「もし全員が“これだ”と納得できる味に仕上げられれば、文化復元の象徴になるはずです」
その言葉に、会場の空気が変わった。
篠森は目を細め、香坂は腕を組んで黙考し、水無瀬は柔らかく笑った。
「じゃあ、食べ比べようか」
水無瀬の合図で投票が始まる。
建築班の学生は
「華やかさではケーキだが、プリンの素朴さが逆に記憶を呼び起こす」と言った。
音楽班の先輩は
「氷菓はきれいだけど、一口で終わる。プリンは余韻が残る」と評価した。
映像班の仲間は
「カメラに映したとき、一番人を笑顔にできるのはプリンかもしれない」とつぶやいた。
票が集まるにつれ、プリンへの支持がじわじわと増えていった。
最後に集計を終えた篠森が告げる。
「多数決の結果――スイーツ部門の代表は、カラメルプリンだ」
宮本は深く息をついた。肩の力が抜けると同時に、胸の奥で小さな炎が燃え上がる。
自分の宣言が受け入れられたのだ。
教授が頷いた。
「派手さはいらん。文化復元とは、忘れられた日常を取り戻すことだ。
宮本、君が代表を務めなさい」
拍手が広がる。異能を誇示する時代ではなく、工業再現と共有の納得を目指す挑戦。
その象徴としてプリンが選ばれた瞬間だった。
宮本は仲間たちを見渡した。
香坂の冷静な視線も、水無瀬の柔らかな笑みも、
篠森の無言の頷きも、すべてが「一緒に戦う」という意思に見えた。
こうして研究会は、3部門の品を揃えた。だが戦いはこれからだ。
地味な菓子を全国の舞台に立てるのは、信念と努力だけ。
宮本は心に誓った――「本物のプリンを必ず証明してみせる」と。
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