第6話 復讐者の告白
「さて、と。次の拠点の物理的な下見と、今後の活動に必要なブツの調達に行ってくる。解析は終わったし、ここはお前に任せた」
そう言い残してギークはアジトを出ていった。
俺はギークが出ていった扉を一瞥すると、黙々と次の作戦の準備を始めた。壁際のガンラックからアサルトライフルを外し、分解してメンテナンスを行う。その手元には、古びたUSBメモリと、分厚い数冊のファイルが置かれていた。
それまで俺の作業を静かに見ていた月詠が、ふと口を開いた。
「それが、貴方の『目的』の始まりなのですね」
「今度は頭の中に話しかけてこないんだな」
「ええ。私の声は蓮さんにしか聞こえないですが、周りに人がいるときに普通に話しかけると頭が混乱するでしょ?」
まぁたしかに、頭の中に直接話しかけられた方が、俺もうっかりせずに済みそうだ。
「それに普通に喋ったほうが私も楽ですし」
そう言った彼女の視線は、俺の手元にあるファイルに向けられていた。彼女には、この紙の束に込められた俺の強い想いが、魂の輝きとして見えているのだろう。俺は手を止めず、油の染みた布でライフルの部品を磨きながら聞いた。
「気になるか?」
月詠は何も言わず、俺の顔を見つめたままだった。
「俺の両親は、ジャーナリストだった」
その言葉は、誰にも話したことのない、俺の過去の扉を開ける鍵だった。
「この町の美浜ニュータウン計画……その裏にあった、市の上層部との癒着や、安全性を無視した不正を追っていた。親父が遺したこの資料によれば、神代浩二は当時、再開発に関わっていた市の職員で、両親の協力者だったらしい」
「協力者……?」
「ああ。神代は計画の危険性を内部告発しようとしていた。神代自身も不正の犠牲者らしい。親父たちは、その手助けをしていたんだ」
俺は一度言葉を切り、記憶の断片を辿る。あの日の、血の匂いと硝煙の記憶を。
「だが、理由はわからない。ある日突然、神代は裏切った。両親は、俺の目の前であいつに……殺された」
「犯人はすぐに逮捕された。だが、それは神代が用意した身代わりの男だ」
男は嘘の自白をし、事件は早々に幕引きとなった。
「警察は当てにならない。いや……警察なんかに渡さない。俺がやる。この手で……必ず」
俺は無意識のうちに、拳に力を入れ過ぎてしまっていたらしい。その拳の力をフッと解放した。
「あいつを殺すために俺は海外に渡り、あらゆる戦闘技術を学んだ。PMCにも所属し、裏社会の汚い仕事も経験してきた」
全ては、神代浩二というたった一人の男を、この手で裁くためだけに。
「PMC、とは?」
月詠が尋ねる。
「民間軍事会社だ。金で雇われ、戦争をする傭兵のようなものだ」
俺は続けた。
「この資料と、俺が裏社会で得た情報を元に奴の足取りを追ううちに、とんでもない計画にたどり着いた。あいつは、テロでこの町そのものを破壊しようとしている。」
月詠の気配が、わずかに強張った。
「目的は復讐だろう。だが、そのやり方が常軌を逸している。なんでも、自分は『神』に許された特別な存在だと信じ込んでいるらしい。 まるで選民思想に取り憑かれた、イカれた野郎だ」
俺が語り終えると、アジトには再び静寂が戻った。月詠は、ただ静かに俺の言葉を聞いていた。彼女は俺の言葉だけでなく、その言葉に込められた魂の痛み、悲しみ、そして消えることのない怒りの炎を、直接感じ取っていたのかもしれない。
やがて、彼女は静かに言った。
「貴方の魂が、とても悲しい色で輝いているのが見えます。ですが……その奥にある、ご両親を想う光は、私が今まで見てきたどんな魂よりも温かい」
それは、単なる同情や慰めではなかった。俺の本質を、魂のレベルで理解しようとする言葉。俺は驚き、初めて他者に心の奥底を見透かされたような、不思議な感覚に囚われる。
重い沈黙を破るように、俺は立ち上がり、キッチンスペースでインスタントコーヒーを二つ淹れた。そして、その一つを、月詠がいるはずの空間のテーブルに、まるでそこに人がいるのが当たり前であるかのように、そっと置いた。
「……私は、飲めませんよ?」
月詠が、少し楽しそうに言った。
「……匂いぐらいは分かるだろ」
俺はそっけなく答え、自分のマグカップを口に運んだ。
コーヒーの苦みが、少しだけささくれ立った心を落ち着かせる。俺は壁の地図に目をやり、月詠が特定した二つの拠点を指し示した。
「明日の夜、動く。まず、南のオフィスビルからだ」
俺の言葉に、月詠は静かに頷いた。窓のないアジトの中でも、彼女の瞳には、これから始まる戦いの夜が見えているかのようだった。
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