第9話「戦場の野戦病院と、宰相の陰謀」

 そんな中、王国の北方を脅かしていた魔王軍の動きが、にわかに活発化したとの報せが王都にもたらされた。国境付近では激しい戦闘が繰り広げられ、多くの負傷者が出ているという。

 これまでの戦争では、負傷兵は戦場に置き去りにされるか、後方の街に運ばれても、ろくな治療も受けられずに命を落とすのが常だった。


「そんなことはさせない」


 俺は国王に直談判し、前線に「野戦病院」を設立することを提案した。負傷者をその場で治療し、一人でも多くの兵士の命を救うためのシステムだ。


「戦場で医療だと? 前代未聞だ!」


 多くの貴族や将軍が反対した。しかし、俺に絶大な信頼を寄せる国王は、その提案を許可した。俺は医療チームを編成し、大量の医薬品と共に、すぐに北の国境地帯へと向かった。

 戦場は、想像を絶するほど悲惨な場所だった。次々と担ぎ込まれてくる負傷兵たち。野戦病院は、瞬く間に血とうめき声で満たされた。


 だが、俺たちは諦めなかった。俺が確立したトリアージ(重傷度選別)によって効率的に患者を振り分け、外科手術、薬物治療、そして衛生管理を徹底する。俺の知識と魔法、そしてエリアナをはじめとする医療チームの懸命な働きにより、これまでなら確実に死んでいたはずの重傷兵が、次々と命を取り留めていった。

 兵士たちの士気は、飛躍的に上がった。「聖医様がいる限り、俺たちは死なない」。そんな言葉が、前線の合言葉になった。


 しかし、その頃。王都では、宰相ダリウスの陰謀が最終段階に入っていた。

 ダリウスは、俺が野戦病院の設立を提案したことすら、「魔王軍と内通し、王国の兵力を削ぐための策略だ」と吹聴した。そして、決定的な証拠を捏造する。魔法で作り出した、俺が魔王軍幹部と密会しているように見える偽の映像を、貴族たちの前で公開したのだ。


 さらに、ダリウスは魔王軍に密使を送り、偽りの情報を流していた。「王国の聖医は、魔族の根絶を企んでいる。奴が開発した新薬は、魔族にとっての猛毒だ」と。

 王都では、俺への疑念が急速に膨れ上がっていた。俺を英雄と称えていた民衆も、宰相の巧みな情報操作と、戦争への不安から、次第に俺を「国を売った裏切り者」と見るようになっていく。


「聖医カナタを、国家反逆罪で指名手配せよ!」


 ついに国王の名をかたった偽の勅命が発令された。知らぬ間に、俺は王国全体から追われる身となっていたのだ。

 前線で、ただひたすらに命を救い続けていた俺は、そんな王都の状況を知る由もなかった。味方であるはずの王国騎士団が、俺を捕縛するために静かに前線へと迫っていることにも気づかずに。

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