第5話「王都のギルドと、錬金術師の嫉妬」
王都アストリアは、活気に満ちていた。石畳の道を多くの人々や馬車が行き交い、その規模はバルトークの領地とは比べ物にならない。
俺はまず、冒険者ギルドを訪れた。領主の紹介状があったおかげで、ギルドマスターとの面会はスムーズに進んだ。筋骨隆々としたドワーフのギルドマスターは、俺がシルヴィア様を救ったと知ると、豪快に笑った。
「あの領主殿が頭を下げるとは、大したもんだな、小僧! で、お前さんは冒険者になりたいのか? ヒーラー(治癒師)なら引く手あまただぞ」
「いえ、俺は医者です。ギルドに所属する冒険者の皆さんの健康管理と、怪我の治療を専門に請け負いたいと考えています」
俺の申し出に、ギルドマスターは興味深そうに顎髭をなでた。
「ほう、専属医か。面白い。だが、うちの連中は気性が荒い。そこいらのヒーラーじゃ、すぐに泣いて逃げ出すぞ」
「実力で信頼を勝ち取るしかありませんね」
こうして、俺は特例としてギルドの一角に小さな診療所を開くことを許可された。
診療所を開いて数日。やって来るのは、軽傷の冒険者ばかりだった。彼らは神官が使う光の魔法、いわゆる「治癒魔法」を盲信しており、俺のような薬や外科的な処置を胡散臭げに見ていた。
この世界の治癒魔法は、傷口を塞ぐことはできても、体内に残った汚れや、折れた骨の位置までは治せない。結果、傷口が内側から化膿したり、骨が曲がったままくっついたりするケースが後を絶たなかった。
転機が訪れたのは、診療所を開いて一週間ほど経った頃だ。
「誰か! ヒーラーはいないか! レオンが、レオンが死んじまう!」
血相を変えた冒険者たちが、腹から大量の血を流す大柄な剣士を担ぎ込んできた。レオンと呼ばれたその剣士は、ゴブリンキングの剣で腹を深く切り裂かれ、腸がはみ出している。顔は真っ青で、意識もない。致命傷だった。
「駄目だ、こりゃ……。神官様を呼んでも間に合わねえ」
誰もが諦めかけたその時、俺は冷静に指示を飛ばした。
「全員どけ! すぐに手術を始める。お湯と綺麗な布、それから蒸留酒をありったけ持ってこい!」
俺のただならぬ気迫に、冒険者たちは呆気にとられながらも従う。
簡易的な手術台の上で、開腹手術が始まった。まずは徹底的な洗浄と消毒。次に、傷ついた腸を丁寧にお腹の中に戻し、破れた部分を縫合していく。最後に、腹壁と皮膚を縫い合わせる。前世では何度も経験した手術だが、設備も器具も不十分なこの世界では、まさに命綱を渡るような作業だった。
全てが終わる頃には、俺の体力も限界に近かった。しかし、レオンの命は繋ぎ止めることができた。
この一件は、ギルド中の冒険者たちの度肝を抜いた。「神の御業だ」と騒ぐ者もいれば、「あいつは一体何者なんだ」と怪訝な顔をする者もいた。
そして、俺の存在を快く思わない者も現れる。
ギルドお抱えの錬金術師、マスター・ゲルハルトだ。彼は、冒険者たちが使うポーション(回復薬)の製造を一手に引き受けていた。しかし、彼の作るポーションは高価な上に、気休め程度の効果しかない代物だった。
俺が診療所で、自作の軟膏や内服薬を安価で提供し始めると、冒険者たちの人気は一気に俺の元へ集まった。当然、ゲルハルトの収入は激減する。
「小僧……貴様、私の商売の邪魔をする気か」
ある日、ゲルハルトが診療所に乗り込んできた。彼は、俺が調合した薬を手に取ると、鼻で笑った。
「こんな薬草の寄せ集めで、何ができるというのだ。まぐれで手柄を立てて、いい気になるなよ」
「まぐれじゃありません。知識と技術です。あなたのポーションより、よほど効果がありますよ」
「ならば、証明してみせろ!」
ゲルハルトは、王都の錬金術師ギルドが主催する「新作ポーション品評会」で、どちらの薬が優れているか勝負しろと挑んできた。
受けて立つしかなかった。これは、俺の医学がこの世界で認められるための、最初の試練だ。俺は、現代の製薬技術と創薬魔法を組み合わせた、この世界の誰も見たことがない「究極のポーション」の開発に取り掛かった。
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