第6話「公開手術と、旧体制への挑戦状」
品評会当日。会場には多くの錬金術師や貴族が集まっていた。ゲルハルトは自信満々に、虹色に輝く液体が入った小瓶を掲げていた。
「我が秘伝の『七色の霊薬』! あらゆる傷を瞬時に癒す、奇跡のポーションだ!」
会場がどよめく中、俺が壇上に置いたのは、何の変哲もない透明な液体が入った瓶だった。
「これは、ただの『回復薬』です。ただし、効果は保証します」
審査方法は単純だった。深手を負った罪人に、それぞれの薬を飲ませ、回復の度合いを比べるというものだった。
まず、ゲルハルトの霊薬が罪人に与えられた。確かに、傷口は見る見るうちに塞がっていく。しかし、顔色は悪いままだ。傷口は塞がっても、失われた血液は戻らないし、体内へのダメージも回復していない。
次に、俺の回復薬。罪人がそれを飲むと、すぐに顔色に赤みが差し、呼吸が安定した。傷口の塞がる速さはゲルハルトのものより少し遅いが、明らかに体の中から回復しているのが見て取れた。
「これは……!」
審査員たちが驚きの声を上げる。俺の薬は、ただ傷を塞ぐだけでなく、細胞の再生を促し、造血作用を高める成分を加えていた。現代でいう輸液と栄養剤、そして治癒促進剤を一つにしたようなものだ。
結果は、火を見るより明らかだった。俺の圧勝だ。ゲルハルトは顔を真っ赤にして、会場を走り去っていった。
この一件で、「カナタ」の名は王都の医療関係者の間に広く知れ渡ることになる。そして、それは新たな軋轢を生んだ。
王立病院の院長、ドクター・マティウス。彼は、代々王家に仕えてきた医師の家系の長であり、古くからの伝統と権威を重んじる人物だった。彼は、俺のような新参者が名声を得ることが許せなかった。
「君のやっていることは、我々が築き上げてきた医療の伝統を汚すものだ」
マティウスは俺を病院に呼びつけ、そう言った。彼の周りには、取り巻きの医師たちが並んでいる。
「伝統も結構ですが、その伝統のせいで救えるはずの命が失われているとしたら? あなた方の治療法は、あまりにも非効率で、非科学的だ」
俺の言葉に、医師たちの顔色が変わる。
「ならば、その科学的とやらを見せてもらおうか」
マティウスが俺に突きつけたのは、ある患者の治療だった。腹に大きな腫瘍を抱え、もはや手の施しようがないと見放された貴族の男性だ。
「この患者を、我々の目の前で治してみせろ。もちろん、神官の治癒魔法は使わずにだ。できなければ、二度と王都で医者を名乗るな」
それは、ほとんど見せしめに近い挑戦だった。
俺は承諾した。そして、王立病院の講堂で、大勢の医師や貴族が見守る中、公開手術を行うことになった。
「これより、腫瘍の摘出手術を開始する」
俺は助手のエリアナに指示を出し、護衛として傍に立つレオンの存在を心強く感じながら、メスを握った。まずは、蒸留酒による徹底した消毒。そして、麻酔効果のある薬草を調合した麻酔薬の投与。一つ一つの工程が、この世界の医師たちにとっては未知の光景だった。
腹部を切開し、腫瘍の位置を確認する。慎重に、だが素早く、血管や臓器を傷つけないように腫瘍を剥がしていく。前世で、何百回と繰り返した手技だ。
講堂は、静まり返っていた。誰もが息をのみ、俺の手元を見つめている。その視線は、恐怖や疑念から、次第に驚嘆と畏敬へと変わっていった。
巨大な腫瘍が摘出され、腹部が縫合される。手術は、完璧に成功した。
手術後、呆然と立ち尽くすマティウスに向かって、俺は言った。
「これが、俺の医療です。命を救うのに、伝統も権威も関係ない。必要なのは、正しい知識と技術、そして患者を救いたいという強い意志だけだ」
この公開手術は、王都の医療界に激震を走らせた。旧態依然とした権威は地に落ち、新しい時代の幕開けを、誰もが予感していた。
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