第4話「創薬魔法と、貴族の信頼」
「本当に、あんなもので娘が治るというのか……」
領主の館の一室を借りて作った即席の調薬室で、バルトークは疑念の声を隠そうともしなかった。俺が要求したのは、ありふれた薬草と、奇妙な形状のガラス器具、そして大量の綺麗な水だけだったからだ。
「信じられないのも無理はありません。ですが、見ていてください」
俺は彼の視線を意に介さず、作業に集中した。
シルヴィアを苦しめている病魔の正体は、おそらくマイコプラズマか、それに近い細菌による非定型肺炎。現代ならば、マクロライド系の抗生物質で治療できる。
もちろん、この世界に抗生物質など存在しない。だから、創り出すしかない。
俺はまず、要求した薬草の中から、弱い抗菌作用を持つものをいくつか選び出し、すり潰して慎重に調合していく。これはあくまでもベースだ。重要なのは、ここから。
俺は調合した薬草をガラスのフラスコに入れ、魔力を注ぎ込む。
『構造式をイメージして……マクロライド環を基盤に、この世界の植物成分で代替可能な部分を再構成する……!』
頭の中に、複雑な化学式が浮かび上がる。手のひらから放たれる淡い光が、フラスコの中の液体を包み込んだ。
創薬魔法。それは、ただやみくもに魔力を注げばいいというものではない。完成させたい物質の構造を正確に理解し、それを魔力で再構築する、極めて知的な作業だ。俺の脳内にある現代の薬学知識が、この魔法の効果を何十倍にも高めていた。
フラスコの中の液体が、じわじわと黄金色に変化していく。不純物が分離し、澄み切った液体だけが残る。
「……できた」
額の汗をぬぐい、息をつく。見た目はただの薬草液だが、その中身は、この世界の常識を根底から覆すであろう「魔法の抗生物質」だ。
「これを、一日三回、五日間飲ませてください。それと、消化に良い食事と安静を」
俺が完成した薬を侍女に渡すと、バルトークはまだ信じられないといった顔で俺を見ていた。
薬の服用が始まって三日目の朝。
「カナタ殿! シルヴィア様が!」
侍女が慌てた様子で俺を呼びに来た。ついに何かあったかと身構えたが、彼女の表情は青ざめてはいるものの、絶望の色ではなかった。
シルヴィアの部屋へ駆けつけると、彼女はベッドの上で上半身を起こしていた。数日前まで寝たきりだったのが嘘のように、その顔には血の気が戻っている。
「カナタさん……。体が、とても軽いです。咳も、ほとんど出なくなりました」
そう言って、彼女ははにかむように微笑んだ。その笑顔は、どんな宝石よりも美しく見えた。
診察すると、肺の雑音はほとんど消えている。熱も下がり、脈拍も安定していた。完治と言っていいだろう。
「……信じられん」
部屋の隅で成り行きを見守っていたバルトークが、震える声で漏らした。彼はゆっくりと俺の前に歩み寄ると、深々と頭を下げた。
「カナタ殿。いや、カナタ先生。……娘の命を救っていただき、感謝の言葉もない。疑ったことを、どうか許してほしい」
領主が一介の少年に頭を下げる。異例の事態に、侍女たちが息をのむのが分かった。
「頭を上げてください。俺は、医者としてやるべきことをやっただけです」
この一件で、俺はバルトークから絶大な信頼を勝ち取った。彼は俺に莫大な褒賞金と、望むならこの地に留まり、最高の環境で研究を続けてほしいと申し出た。
しかし、俺は首を横に振った。
「もっと多くの人を救いたいんです。そのためには、もっと多くの症例を見て、知識を深める必要があります」
俺の目的地は、この国の中心、王都だ。そこには、俺がまだ知らない病や怪我に苦しむ人々が大勢いるはずだ。
俺の決意を知ったバルトークは、寂しそうな顔をしながらも、一枚の紹介状を書いてくれた。
「王都に行くなら、これを冒険者ギルドのマスターに渡すがいい。私の名を出せば、無下にはされまい」
傍で話を聞いていたエリアナが、固い決意を秘めた瞳で俺を見つめる。
「私も、一緒に行きます。カナタ先生の医療をもっと学びたいんです。足手まといにはなりません」
彼女の真剣な申し出を、断る理由はなかった。こうして俺は、エリアナという頼もしい最初の仲間と共に、次なる舞台である王都へと旅立つことになった。この出会いが、後に俺の運命を大きく左右することになるとも知らずに。
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