第3話「領主の館と、見えざる病魔」
村での俺の評判は、いつしか村境を越えていたらしい。
ある日、立派な馬に乗った数人の騎士が村を訪れた。彼らは、この一帯を治める領主、バルトーク様の使いだという。
「神童『カナタ』殿に、我が主がお会いしたいとのことだ」
騎士は尊大な態度でそう告げた。どうやら、俺の噂が領主の耳にまで届いたらしい。断れる雰囲気ではなく、俺はエリアナの心配そうな視線を背に受けながら、馬車で領主の館へと向かうことになった。
石造りの立派な館は、村の家々とは比べ物にならないほど豪華だった。通された謁見の間で待っていると、厳めしい顔つきの中年男性、領主バルトークが現れた。
「お前がカナタか。まことに、このような童が、死にかけの男を救ったというのか」
疑念に満ちた目で、俺を値踏みするように見つめる。
「治せたのは俺の力だけではありません。村の人々の協力と、患者自身の生命力のおかげです」
俺が淡々と答えると、バルトークは少しだけ目を見開いた。
「ふん、口だけは達者なようだな。……ならば、我が娘の病も治せるか?」
バルトークが語ったのは、彼の最愛の娘シルヴィアが、もう半年も原因不明の病に苦しめられているという話だった。高名な神官や宮廷の薬師を何人も呼んだが、誰もが「呪いの類だろう」と匙を投げたという。
「もし娘を救えたなら、望むだけの褒美をやろう。だが、できなかった時は……わかるな?」
脅しに近い言葉だったが、俺は臆することなくうなずいた。医者として、目の前に助けを求める患者がいるのなら、診ないという選択肢はない。
案内された部屋には、ベッドの上でやつれ果てた様子の少女が横たわっていた。シルヴィアだ。透き通るように白い肌、美しい銀髪。だが、その顔色は悪く、呼吸も浅い。時折、激しく咳き込んでいる。
「……下がってくれ。二人きりにしてほしい」
俺がそう言うと、領主は一瞬ためらったが、静かに部屋を出て行った。
「こんにちは、シルヴィア様。俺はカナタ。医者のようなものです」
「ええ、噂は聞いていますわ」
シルヴィアはか細い声で微笑んだ。気丈に振る舞ってはいるが、その瞳の奥には深い絶望の色が浮かんでいた。
俺は彼女の許可を得て、診察を始めた。脈をとり、聴診器の代わりに筒を胸に当て、呼吸音を聞く。そして、いくつかの質問を投げかけた。
「咳はいつから?」「痰は出ますか?」「熱は?」「最近、変わったものを口にしましたか?」
彼女の答えと、診察で得た情報。それらを頭の中で統合していく。
咳、微熱、そして極度の倦怠感。症状だけ見れば、ただの風邪のようにも思える。だが、半年も続いているというのが異常だ。それに、聴診で分かった、肺の微かな雑音。
そして、俺はある可能性に行き着いた。
「シルヴィア様。この館の飲み水は、どこから?」
「井戸からですわ。もう何十年も、この館の者たちは皆その水を……」
「その井戸、最近掃除はしましたか? 鳥のフンなどが溜まっていたりは?」
俺の問いに、シルヴィアははっとしたように目を見開いた。
「そういえば……半年前、父が井戸の大掃除をさせていました。ひどく汚れていたと……」
間違いない。俺は確信した。
部屋を出て、待っていたバルトークに告げる。
「これは呪いなどではありません。病です。そして、俺なら治せます」
「何……? 病だと? 原因は何なのだ!」
「原因は、目に見えないほど小さな虫のようなものです。それが井戸水に紛れ込み、シルヴィア様の体の中に入って、肺で悪さをしているのです」
細菌という概念のないこの世界で、俺の言葉はまるで御伽話のように聞こえただろう。バルトークは眉間に深いしわを寄せ、俺をにらみつけた。
「戯言を。もし治せなければ、その首もらうぞ」
「ええ、構いません。その代わり、治療に必要なものをいくつかご用意ください」
俺の頭の中には、すでに特効薬の設計図が描かれていた。この世界にある薬草と、俺の創薬魔法。それさえあれば、少女を救える。
未知の病魔との戦いが、始まろうとしていた。
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