第2話「公衆衛生と、創薬魔法の目覚め」

 男の命を救った一件は、瞬く間に小さな村中に広まった。

 昨日までただの身元不明の少年だった俺へ向けられる視線が、畏敬の念を帯びたものに変わっている。


「カナタ、君はいったい何者なんだ……?」


 食事を運んでくれたエリアナが、おそるおそる尋ねてきた。


「ただの、医者の卵みたいなものだよ」


 そう答えるしかなかった。転生したなんて言っても、信じてもらえるはずがない。

 怪我をした男、ゲルトさんの経過は良好だ。俺の指示通り、エリアナが毎日傷口を煮沸した布で清め、清潔を保ってくれたおかげだ。しかし、彼を診察するうちに、俺はこの世界のより根深い問題に気づかされた。


 村人たちの多くが、軽度の下痢や皮膚病に悩まされている。衛生観念が欠如しているのだ。井戸は生活排水が流れ込みかねない場所にあり、手洗いの習慣もない。これでは、いつ大規模な感染症が起きてもおかしくない。


「何かを変えなければ……」


 命を救うとは、ただ手術をすることだけではない。病気や怪我を未然に防ぐ「予防医学」こそが重要なのだ。


「エリアナ、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ」


 俺が最初に取り組んだのは、石鹸作りだった。幸い、動物の脂と木灰から作る簡易的な石鹸の知識があった。初めは「食べ物をどうしてそんなことに……」と渋っていた村人たちも、実際に使って汚れが落ちるのを体験すると、目を輝かせた。

 次に、井戸の改修。生活排水が流れ込まないように水路を整備し、井戸の周りを石で囲う。さらに、水を飲む前には一度沸かすことを徹底させた。


 地味な作業の連続だったが、効果はてきめんだ。数週間もすると、あれほど村人たちを悩ませていた原因不明の体調不良が、ぴたりと止んだのだ。


「カナタは神様の遣いだ!」


 村人たちは俺をそう崇めるようになったが、俺にしてみれば、現代日本では当たり前の公衆衛生の知識を実践しただけのことだ。この世界の常識とのズレに、俺は改めてめまいがした。


 そんなある日、俺の体にさらなる変化が訪れる。

 ゲルトさんの傷口に塗る薬を作ろうと、薬草をすりつぶしていた時のことだ。「もっと効果の高い薬があれば……」。そう強く念じた瞬間、俺の手のひらから淡い光が放たれた。

 光が収まった時、すり鉢の中の薬草が、輝く軟膏へと姿を変えていた。


「……魔法か?」


 何度か試すうちに、俺は理解した。どうやらこの世界の人間は、「魔力」というエネルギーを体内に宿しているらしい。そして俺には、物質の成分を組み替えて新しいものを創り出す「創薬魔法」とでも言うべき力があるようだった。


「すごい……これがあれば……!」


 俺の現代医学の知識と、この世界の魔法。この二つを組み合わせれば、どれだけの人間を救えるだろうか。

 俺は薬草の知識を学ぶため、村の薬師の元に通い詰めた。薬師の老婆は、俺が薬草の効果を的確に言い当て、さらに「この草とあの木の実を組み合わせれば、腹痛によく効く薬が作れるはずだ」と予言することに驚愕していた。

 俺の知識と創薬魔法を組み合わせると、従来の煎じ薬とは比較にならない、劇的な効果を持つ薬が次々と生まれた。


 この力があれば、もっと多くの人を救える。

 俺の胸に、外科医だった頃の情熱が、再び熱く灯り始めていた。

 だが、この小さな村でできることには限界がある。もっと多くの知識と設備、そして材料が必要だ。


 俺の視線は、自然と村の外、まだ見ぬ大きな街へと向かっていた。

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