また密室

秋の夕暮れ、凡間凡と助手の留美は、古びた洋館へと招かれた。

持ち主は財界の大物・鷲尾仁三郎。彼は病床にあり、相続や財産を巡って親族たちが揉めていると噂されていた。

玄関で出迎えたのは執事の杉森。

「探偵殿、お呼び立てして申し訳ありません。旦那様がお会いしたいと……」

「つまり、呼ばれたから来たのだな」

留美が小声で呟いた。

「いや、それは当たり前……」

洋館の廊下には親族たちが集まり、不穏な空気が漂っていた。


夜八時、悲鳴が響いた。

「旦那様が! 鷲尾様が……!」

凡間たちが駆けつけると、鷲尾仁三郎は書斎で絶命していた。

しかし扉は内側から施錠され、窓も鉄格子で閉ざされている。

まさに完全な密室だった。

刑事の禿山葵警部も駆けつけ、現場を確認した。いつも通り頭が眩しい。

「鍵は内側からか……。これは自殺の線が濃厚だな」

「でも短刀が胸に刺さってます。しかも鷲尾氏は病弱で、そんな力があるとは……」

「つまり、刺さっているものは刺さっている」

「……いやそうだけど!」


禿山は次の4人を容疑者に挙げた。

・会社を継ぎたがっている長男の鷲尾信隆

・父と不仲の長女の鷲尾絵里子

・鷲尾から借金をしている甥の片岡亮介

・屋敷のすべてを知る執事の杉森

「動機のある者ばかりだ……。だが密室が解けなければどうにもならん」

「密室とは、密室である」

「……うむ。確かに」

「警部まで納得しないで!」


凡間は部屋をぐるりと見渡した。

窓、机、床、そして――扉の鍵。

凡間「鍵が内側からかかっているということは……鍵が内側からかかっていたのだ」

「また始まった!」

しかし、禿山ははっとした。

「待てよ……! つまり鍵が“内側からかかっていたように見せかけられた”可能性があるということか!」

「凡さん、何もそこまで言ってないと思うけど……」


机の上に、一枚の便箋があった。

「すべては私の責任だ……」と震えた文字で書かれている。

「自殺の遺書に見えるが……」

「でも、筆跡がどこか違う。病弱な老人にしては力強すぎるわ」

「違うものは、違う」

「……うん、それは正しい!」

「確かに! 偽造の可能性があるな!」

さらに凡間は、床に小さな金属片を拾い上げた。

「落ちているものは、落ちていた」

留美は疲れてもうツッコまなくなってしまった。

「これは……南京錠の部品じゃないか!? 誰かが外から仕掛けた可能性がある!」


やがて、容疑者の一人が動揺しはじめた。

それは甥の片岡亮介だった。

「ち、違う! 俺じゃない!」

「……鍵を外から細工し、あたかも内側からかかったように見せかけた。遺書も偽造……すべてお前の仕業だな!」

「ぐっ……!」

「つまり、犯人は犯人だったのだ」

「……はいはい、犯人は犯人ね」


事件は解決した。

だが屋敷を去る道すがら、留美は呆れたように言った。

「凡さん、結局いつも当たり前のことしか言ってないのに、どうして事件が解けるの?」

「つまり、解けるものは解ける」

「……もう好きにして」


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