第48話 兎佐田桃香は踏み止まるのである。

 翌朝。

 個室で目覚めた私の耳に、チュンチュンと鳥の鳴き声が……聞こえてこない。

 かなり高い階の部屋だもんな……鳥すら来んわな。


 そう!

 朝にチュンチュンと鳴く鳥の声が聞こえなかったように!

 私は無事何事もなく夜を過ごしたッ!

 割とギリギリまで全員から一回ずつ「一緒に寝たい」って言われたけど!

 恋人たちからの要望とはいえ……まだ! まだね! そういうことはやめておこうね!


 ……前にリコがウチに泊まった時、リコと一緒にベッドで寝たことあるけど……アレも何事も無かったからノーカン! 実質ノーカウント!


 その後、朝食を済ませ、帰宅の準備。

 家族へのお土産を購入し、部屋に持ち込んで荷物と一緒に鞄へ。

 しかし……実は昨日の時点で帰宅の準備を結構済ませていたため……すぐ荷物が整ってしまった……。

 出発予定時間まで、微妙に時間があるんだよな……どう過ごそう……。

 と、考えていたら。

「桃香」

 というリコの声と共に、部屋のドアがノックされた。

「はーい、どうかしたんですか?」

 ドアを開けると、現れたのは、シャツにスカートの服装のリコ。

「いやー、荷物まとめるのすぐ終わっちゃってさ……ちょっと遊びに来た」

「ああ、丁度よかったです。私もすぐ終わっちゃってどうしようって思ってた所で」

 そんな会話をしながら部屋にリコを招き入れる。

 私は部屋の椅子に、リコはベッドに腰掛ける。

「なんか、終わってみれば、あっと言う間の旅行だったねー」

「そうですね……」

「本当は昨日の夜、桃香と恋人らしい熱い夜を過ごしたかったけど……♡」

「ん~……またそういうことを……」

 冗談か本気か……どちらかは定かではないが、私の答えは変わらない。

「あの……気持ちはありがたいんですが、そういうのはもう少し大人になってからで……」

「真面目だよねぇ、桃香。ま、そこも桃香のいい所だけど」

 リコが揶揄うような視線を向けて来る。

 いや、そりゃね、私も思春期の女の子ではあるよ?

 そういうことに興味が無いわけではないよ?

 ただ超えちゃいけないラインがあるからね! そこは流石に踏み止まろうっていう理性は持ってるからね!

「んー、ウチも無理やり迫りたいわけじゃないけどさ……」

 リコが、シャツのボタンをひとつ外す。

「せっかくだし……気分だけ味わうっていうの……だめ?」

「……気分だけ……とは?」

「こっち、来て」

 ポンポン、と、腰掛けているベッドの横を手で叩く。

 ……ものすごく罠っぽい……。

 行ったらそのままベッドに押し倒されそうな気がする……。

 いや……無理やり迫りたいわけじゃないって言ってたし……それは無い……と信じたい……。

 やや警戒心を持ちつつ……私はベッドに腰掛けるリコの横に座った。

 リコは私の肩に、そっと手を添える。

 次の瞬間。

「へっ――?」

 ぐい、と体が引っ張られた。

 押し倒され――たわけではない。

 逆。

 リコは……ベッドの上に横になった自分の体の上に、私を引っ張り落とした……ッ!

 私がリコに覆い被さっている状態……!

「えっ、ちょっ……!?」

 うおおおシャツのボタンをゆるめたリコの体が目の前にっ……!

「大丈夫、雰囲気味わうだけ」

 リコが、私を安心させるように、それでいてどこか誘うように――。

「だから……からね……?」

 そう、言った。


 は……? 何? 何なんだこれ?

 リコの上に覆い被さって? 体密着させて? リコ脱ぎかけで? 何もするなと?

 それは生殺しがすぎんか?


 いやいやいやいや!

 何考えてんだ生殺して!

 何脳内ピンクにしてんだ兎佐田桃香ァ!!


「ね、桃香」

「うぇあっ!? は、はいっ!?」

 脳内ピンク兎佐田桃香を脳内で叱っていたら、リコが急に話しかけて来た。

「思うんだけどさぁ……今までキスは普通にしてたじゃん?」

「して……ましたね……」

「ってことはさ、キスするだけならセーフじゃない?」

 ……。


 天才か?


 じゃあいいな……キスはしていいな……。

 私はリコの胸元に落下していた自分の顔を起こすと、ゆっくりと、自分の顔をリコの顔の位置へと持って行った。

 あ……期待してる顔と……唇。

 私はその期待に満ちたリコの唇に自分の唇を重ね、そのままリコの体に、自分の体を沈めるように密着させた。

 覆い被さる体勢のキスは、いつも以上に恋人を貪っている感じがした。

 舌が動く。

 リコの声が漏れる。

 上からするキスは、口の端から思ったより唾液が垂れた。

「ぷぁ……」

 口を離して、見下ろしたリコの顔は、今までで最も官能的に見えた。

「はぁ……桃香」

 リコが私の手を取り、その手を自分の胸元へ寄せて行く。

「……もう、我慢しなくてよくない? この空気」

 頭ではダメだと理解し、心の中でもそう言いたかった。

 でも……不思議と手で抵抗できなかった。

 それを察したリコが、私の手を引っ張ってリコの胸へと誘導する。

 できるはずの抵抗が、私はできなかった。

 私の手のひらは、そのままリコの胸へ――。


 スマホが振動した。


「ぉあッ!?」

 我に返った私は、テーブルの上から鳴り響くスマホを見る。

「え、えと……ちょっと確認しますッ!」

 取り戻した理性をもう一度失う前に、何でもいいからベッドから離れようと思った私は、大慌ててベッドから降りてスマホを手に取った。

 送り主はばにら。

 もう全員荷物を揃え、この階のエレベーターホールにいる、という内容のメッセージだった。

「あ、あの……みんな、帰り支度整って、今エレベーターホールにいるみたいです……」

「あらら、時間切れ。残念♡」

 リコはニヤニヤ笑いながら、シャツのボタンを留め直す。

「じゃ、ウチは一回自分の部屋に戻って荷物取って来るから、先行ってて」

「は、はい……」

 さっきギリギリでアウトな行為をしそうだったというのに……妙にさっぱりしてるな……。

 ああ見えて冗談の部分が大きかったのだろうか……?

 いやでもキスしてた時めっちゃいい声出てたぞリコ……。

 悶々と私が考えを巡らせていると、ベッドから降りて来たリコが私の隣に来る。

「惜しい所で終わっちゃったけど、すっごく良かったよ♡」

 そう言って、ちゅ、と。

 私の頬にキスした。


 こうして、私の恋人たちとのクリスマス旅行は――ギリギリ無事に終わった。

 まさか最後の最後に、リコがあんな誘い方して来るとは思わなかった……。

 なんとか踏み止まったが……私は結構流されやすいタイプなんだな……と、ちょっと反省した。

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