第43話 地伊田桃黄子は見せびらかすのである。
地伊田さんの左手を握りしめ、引っ張るように先程のアクセサリーショップへ再入店。
バッグチャームやネックレス、ストラップの類をスルーし、私は店の奥へ。
「あったあった」
私の目的は、指輪売り場。
「地伊田さんの指の太さ的には……このくらいかな?」
握っていた地伊田さんの左手をそっと持ち上げ、指輪を近づけ――。
「おおう!? ちょいちょいちょい待って兎佐田さん!?」
顔を赤くした地伊田さんが、慌てて手を引っ込める。
「あの……アタシにプロポーズとかしようとしてる?」
「いや流石にお手軽アクセサリーショップでエンゲージリングは買いませんよ!?」
お店の人には少々失礼かもしれないが!
このお店はそんな指輪を買うほど立派なお店ではないッ!
「ピンキーリングですよ、ピンキーリング。小指に付ける奴」
「あ、そっち!? そうだよねそっちだよね!?」
まあ……今のは、私も少し変な思わせぶりをしてしまったような気がしないでもないが……。
ちょっぴり反省しつつ、地伊田さんと一緒にリングを選ぶ。
「シンプルな奴よりちょっと装飾ある奴の方がいいですよね、やっぱり」
「あー……じゃあ……コレとか?」
地伊田さんが選んだのは、イエローゴールドのリングに、アンバーを思わせるオレンジ色の菱形の石がついているもの。
「あ、丁度同じのが二つありますし、お揃いで付けれますね!」
「ペアリング……って奴になるのかな……え~、どうする? ハロウィンパーティの時付けてっちゃう~?」
「付けましょう付けましょう!」
「え、あ、マジで? みんなに色々言われない? 特に豹堂さんとかさぁ」
冗談半分だったのか、自分から言い出したにも関わらず慌てふためく地伊田さん。
「今まで地伊田さんだけ寂しい思いしてた分の埋め合わせなんですから、言われても堂々としちゃいましょう!」
「お、おう……つ、強気……」
戸惑う地伊田さんを横に、私たちはお揃いのピンキーリングを購入。
お店から出て、近くの休憩用ソファ席に座り、早速ピンキーリングをつける。
「あ、地伊田さんの指に私がつけてもいいですか?」
「い、いいけど……こ、小指だよね? ホントに小指だよね?」
「あの、何度も言いますけど流石にコレをエンゲージリングにするつもりはないので……」
地伊田さんの左手を取り、その小指にピンキーリングをはめた。
「お、おお……」
ドギマギしている様子の地伊田さんに、私は少し顔を近づけ、小声で言う。
「あの……そういう意味の指輪は、将来ちゃんとしたのを差し上げますので……」
数秒の沈黙の後、地伊田さんの顔がみるみるうちに赤くなった。
「え、あ……は!? 何?! 兎佐田さんアタシが一番の本命だったの!?」
「あ、あの……正直言えば、指輪は全員にちゃんとお渡ししようかと……」
「ん~……そりゃそうかあ~ッ! ……いやでも正直なのはいい事……」
「で、でも!」
さらに地伊田さんに顔をぐいっと近づける。
「しょ、将来そういうこと考えてるって最初に伝えたのは……地伊田さん、ですから……」
地伊田さんの目の奥の方から。
ぴょこん、と……ハートが浮かんだ気がした。
「……ちょっとは、キューンとしました?」
確かめるように地伊田さんにそう聞くと、地伊田さんは目を閉じ、上を見上げる。
「……キューンを通り越してズキューンだよ、もう……」
その後、私たちはハロウィンパーティに必要な買い物を済ませ、ホテルのいつもの部屋へ向かい、キッチンに収納。
卵やバターなどの冷蔵庫へしまう必要があるものは、当然冷蔵庫へ。
そして翌日、ハロウィンパーティ当日。
「見て~! 兎佐田さんから指輪買ってもらっちゃった~!」
初手みんなに見せびらかす地伊田さん。
昨日結構慌ててたのに……今日になった途端がっつり見せる地伊田さんのノリと勢いの良さよ。
「指輪ァ――ッ!?」
案の定絶叫する豹堂さん。
周りも結構なショックを受けている。
落ち着けみんな! 私まだ高校生だぞ! 立派な指輪買う経済力を持った高校生がいるか!
……。
いるわ! 目の前に! とんでもない経済力持ったお嬢様いるわ!
「あ、あの、ピンキーリングですんで。ピンキーリング。小指です小指」
脳内で繰り広げた経済力云々はさて置き、衝撃で震える豹堂さんを宥めつつ、私は指輪がはまっている指を見せつける。
みんな「あ、ああ……」みたいな顔で納得してくれた。
「え~? でも将来的にはアレでしょ~?」
「……地伊田さんちょっとステイ」
少し調子に乗ってる感のある地伊田さんの首筋に優しく息を吹き、「ひゃん♡」と言わせて脱力させ、動きを封じる。
「あ、あの……昨日地伊田さんには先に申し上げましたが……しょ、将来的には、その……そういう指輪を皆さんに……という気持ちは……あり、ます……はい」
カチ、コチ、と。
部屋の秒針が刻まれる音が、5回ほど。
「……プロポーズ?」
リコの一言で、その静寂は崩れた。
「うおおおおおォ――ッ!? 兎佐田さんッ!? 兎佐田さぁんッ!?」
真っ赤な顔で私の肩をガシッと掴み、豹堂さんが私に迫る。
その顔は照れなのか、衝撃なのか、歓喜なのか、よくわからない。
「いいのですか!? いいのですか兎佐田さんっ!?」
「やばー♡ 兎佐田さんやばー♡」
豹堂さんの両脇から唐狩さん、虎沢さんの追撃。
その後ろから、リコがゆっくりを顔を覗かせる。
「……桃香、ウチらと付き合ってから……色々と覚悟の決まり方おかしくない……?」
顔を赤らめ、手で口元を押さえ、信じられないといった表情と言葉だが……。
「……ぶっちゃけめっちゃ嬉しいケド……さ♡」
口を押さえた手の横から、上がった口角が見えた。
みんなと付き合い、みんなと真剣に向き合おうと思った時、いずれそういう将来になることも想定していた。
しかし、それをみんながちゃんと喜んでくれるかどうかは、ちょっと不安な所もあった。
流石にそれは重いと言われたらどうしよう、と悩んだ夜も少なくない。
だから――みんな、喜んでくれたみたいで、本当によかった。
「ね、兎佐田さん」
脱力していた地伊田さんが力を取り戻し、私の後ろからひょこっと顔を出す。
「将来そういう関係になったらさぁー、苗字呼びっていうのやっぱおかしくなーい?」
「あー……そう……なりますかね?」
「今からアタシも『桃香』って呼んでいーい?」
「えッ!?」
「アタシのことも『桃黄子』って呼んでほしいしさ♡」
地伊田さんの提案に、当然他のメンバーも反応!
「わ、わたくしも『桃香さん』と呼ばせてくださいッ!」
「あ、あたしもッ! も……『桃香さん』でッ……!」
「実はあーし、前から兎佐田さんのこと『ももち』って呼びたくてー」
虎沢さんだけあだ名!
それでいいのか虎沢さん!?
「……ウチはちょっと前から桃香呼びだし、桃香もね、『リコ』でいいからね」
リ……リコの奴、ここに来て「二人きりの時だけリコ呼び」の制限をアンロックしにかかりおった……!
しかし……ここで嫌だって言うのも……アレだな……違うよな……。
そんなわけで。
「こほん」
咳払いをひとつしてから、順番に呼び方を変える練習。
ついでに全員呼び捨て希望だったので呼び捨てである。
「リ……リコ」
「桃香♡」
既に二人きりの時にはやっていたやりとりなので、リコとはすんなり。
「……ば……ばにら……」
「ももちー♡」
ニヤニヤしている虎沢さん――もとい、ばにら。
「く……薫衣……」
「も、桃香さん……♡」
唐狩さん、もとい薫衣……呼び捨てし辛いッ! 感情的にッ!
本人はなんかうっとりした表情してるけどさぁ!? これカラカルグループの人に聞かれたらギョッとされないかな!?
「……蜜羽」
「ぐゥ――ッ!♡」
豹堂さん……もとい蜜羽は一回胸を押さえて倒れ込んだ。
「……も……桃香、さん……ッ!♡」
起き上がりつつ私の下の名前を呼んだ後、再び倒れた。
下の名前で呼ぶだけでこれだと……これから毎日不安だぞ……。
「……桃黄子」
「もーもーかっ♡」
地伊田さん、もとい桃黄子。
だいぶノリノリである。
「ひゃー♡ 下の名前呼び捨てされるのめっちゃ楽しー♡」
「やばいよねー♡」
桃黄子とばにらがギャルギャルキャッキャな雰囲気で盛り上がる。
「し、獅子神ィ――……オメー夏の旅行の時とかちょいちょい呼び捨てされてたけどよォ――……この胸のトキメキによく耐えれたなァ――ッ!?」
「あのね、豹堂さん。これは豹堂さんの方が異常」
蜜羽に辛辣なツッコミを入れるリコ。
その横を薫衣がそっと通り過ぎ、私のそばへ。
「あ、あの……桃香さん」
「な、なんですか?」
「……も、もう一度呼び捨てで……」
「……薫衣」
「はぁぁぁ……♡♡♡」
「よだれ、よだれ出てます」
薫衣の口の端をティッシュで拭きつつ、私はそっと時計を見る。
……うん、そろそろ言おう。
私が引き起こしたこの騒ぎなので、少し言い辛いが……。
「あの……ハロウィンパーティの準備始めませんか?」
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