第4話 ハードモードね
ひどいこと言うよね? というか、バカじゃね?と思わない?
こんな美カップルから生まれた、たぶん美赤ちゃん(まだ自分の容姿は知らないけど、遺伝子の予想)と、こんなきれいな光景を見て、出てくる言葉が魔物だって? はぁ?
そして、どうやら俺の感想と同じことを父も思ったらしい。ビシッとコメカミに青筋が立つのがわかったもんね。
「失礼なことを口走るのはやめて頂きたい。世迷い言は結構、感想もいらない。今、起こった現象の説明だけをしてもらおう」
「ひっ」
父の絶対零度の声におびえたのか、じいさんは慌てて、自分の口に手を当てた。
そして、しばし逡巡したのち、おずおずと声を出す。
「……公爵様も知っての通り、生まれた赤子はしきたりとして魔力鑑定を行っております」
「ああ、だから、こうして司教に来てもらっただろう?」
「さきほどの魔水晶でのことがその鑑定となっています。これは魔力のある者とない者を早期に判別することで、後に起こる災禍を防ぎ、また国力の維持に必要なこと」
「……ああ、そうだな」
話を聞いていた父は『災禍』という単語のときに、ピクリと体を動かした。
たぶん、ほかの人は気づいていない。父に抱かれている俺だからわかった反応。
「一般的には魔水晶は魔力のある者に反応し、光を放つと言われています。私自身もこの年までたくさんの赤子を見てきました。だから――だからこそ、わかるのです」
司教は父を気にして……、汗を拭き、それでも、もう一度、父を見て、言葉を放った。
「これは異常です」
「異常、か」
「本来なら、魔水晶がすこし輝く程度でも十分な魔力があるのです。ときに膨大な魔力を持つ者であれば、部屋を照らすほどの光を放つ。公爵様……、この国一番の魔力騎士として、世界一の魔法の使い手として名高い貴方であれば、わかるはずです」
父は司教の言葉を聞き……なにも言わなかった。ただじっと俺の顔を見つめている。
「貴方ほどの方でも! 赤子の際の魔水晶は部屋を明るく照らしたのみ。それだけでも、この国の伝説となっているのです!」
「……ああ」
「こんな……このように七色に輝き、部屋中に光があふれ、しかもその光が花の形を象るなど……!」
父はずっと俺を見ている。
司教はまるで、父に縋るかのようにその場にくずおれた。
「どうぞ、私の言葉をお聞き届けください。さきほどの私は確かに失言をいたしました。しかし、その力は人間に操れるものではありません。……いえ、もしかしたら操ることも可能なのかもしれない。その力の発現が適正な時期であれば!」
父が俺を抱きしめる力が増えた気がする。
「しかし、まだ赤子で力が発現してしまっています。こうなればいつ魔力の暴走が起こるかだれにもわかりません! そして、この魔力が暴走すればこの国が滅亡しかねないのです!!」
司教の叫びに父はふっと息を吐いた。
「……赤子から魔力の発現があった場合、魔力の暴走はどれぐらいで起こる?」
「――少なくとも、一年以内かと」
「一年か……」
「このような魔力の大きさは初めてですが、過去にも赤子の時分から魔力の発現があった者はいます。どの赤子も自我や理性がないままに魔力を使い、一年以内には自らを滅ぼしてしまいました」
「……そうか」
司教はもう叫ばない。代わりに淡々と事実を述べ、父はそれに頷いていた。
父の目が俺を見る。氷みたいな水色の目だが、どこかあたたかそうな。
「目の色は俺に似たのか……。セレーナに似ればよかったな」
「あなた……?」
ベッドから不安そうな女性の声が聞こえる。鈴の音のような涼やかな声だ。
そちらを見れば、母がベッドにもたれながら、俺に手を伸ばしていた。きれいな碧色の目がゆらゆら揺れている。
「……すまない、セレーナ」
父はそう言うと、手を伸ばす母に俺を渡すことはなくスッと背を向けた。
「待って! 待ってください!! やめて!!」
「いけません、奥様! まだ立ち上がることは!」
「ダメよ! 私の子なの! 待って! 連れて行かないで!!」
「「「奥様っ!!」」」
父は母の悲鳴のような声を無視して歩き出す。
もう俺には母の姿は見えないが、たぶん、俺を追おうとする母を周りの人が必死で止めているのだろう。
「アレックス!!……いや! こんなのいやですっ! 恨みます……っ!」
「……ああ、俺を恨んでくれ」
「アレックス……っ!!」
母の泣き声とも悲鳴ともつかないような声。それを断ち切るように父はバタンと扉を閉めた。
「俺に似なければ……」
父は一言そう言うと、もう俺を見るのはやめた。廊下を颯爽と歩き出す。
「閣下、どうしました?」
「……問題発生だ」
部下なのだろうか? 廊下で待機していたようで何人かがすかさず父の元へと駆け付けてきた。
「うひゃ、こりゃきれいな赤ちゃんですね。さすが公爵閣下夫妻だ」
「だまれ」
軽口を言う部下を黙らせながらも、父は歩みを止めない。
「今ここで魔力暴走が起こる可能性がある。国家災害級のな」
「「「は?」」」
「馬車を出せ。できるだけ街から離れる。行く先は――国境の森だ」
「「「はっ!」」」
父の指示を受け、部下たちが走っていく。
父はそっと俺の頭を撫でた。
「すまない。さみしくさせる」
「あー」
「……なんだそれは」
「あー、あーっ」
「……自分になにが起こってるかもわからず、能天気だな」
「あう? あっあう、あああう、あう!」
「怒ったのか?」
「あーうー」
「……ふっ」
俺のアウアウ語に父が笑う。いや、俺だっていろいろ考えてるが、言葉にならんのだからしかたがない。
とりあえずまあ、わかった。
――これ、ハードモードかも!
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