第13話 わたしの光が消える時
大学を卒業して三年が経った。とある夕方、仕事を終え帰宅中のわたしは横断歩道で信号待ちをしていた。隣には見知らぬ小学生の女の子も待っている。ふと昔の光景を思い出した。
わたしも今年で25歳かぁ。
あの事故でわたしを助けてくれた時の谷崎さんと同じ年齢だな。
あの頃のわたしにとって、25歳というのはとても頼りがいがあり、大きくて安心ができる存在だった。わたしも同じ年齢になったけど、あまりにも頼りない。わたしがイメージする25歳はもっと大人のはずだ。
信号が青になり歩き始めると横からはトラックが走ってくる。わたしは全身に緊張を感じた。昔の事故の事を思い出してしまう。トラックはそのまま・・・、ゆっくりスピードを落とし、停止線で停まった。
何も変わらない日常の風景。隣を歩いている小学生も何もなく普通に歩いている。
もし、このトラックが突っ込んできたら、わたしはこの見知らぬ小学生を助けられるだろうか・・・。いや、絶対に無理だ。わたしだけでも逃げてしまうかもしれないし、体がうごかない。改めてあの日の谷崎さんの勇気に敬意を抱いていた。
しばらく歩いていると友人の琴音が笑顔で手を振っていた。
「仕事お疲れ!」
「久しぶり!琴音も今終わり?」
卒業してからも、友達としての関係は続いていた。時々食事や買い物に行くこともあったが、お互い仕事が忙しくなったせいで、この一年は全く連絡を取っていなかった。久しぶりの偶然の再会に、心の中で喜びがこみ上げた。
「光莉も仕事忙しいんでしょう?」
「うん、今年は新入社員の世話係をしているの。やっと仕事を覚えた思ったら今度は教える側に回ってしまつたよ」
「新入社員に変な事教えたら駄目だよ」
「それ、課長にも同じこと言われた!」
笑いながら歩いていく。久しぶりの親友との談笑に光莉の心も楽しさで満ち溢れていた。
「そういえば光莉。彼氏とはどう?」
「実は・・・1年前に別れたんだ」
琴音はやっぱりという表情で光莉を見ていた。
「光莉には物足りなかったんでしょう」
「物足りないというか、何だか自分の事ばかり押し付けて全然周りの人に思いやりが無いというか、・・・。あっ、でも悪い人ではないよ」
慌ててフォローする光莉に、微笑む琴音。
「光莉は優しいね。他人の悪口言わないもの。元彼は誰から見ても普通にいい人だよ。ただ・・・。」
琴音は言葉を止めてしまった。
「ただ、なに?」
「ただね、光莉には似合わなかったかなと」
「えっ、なんで?いつから、そんな事を思っていたの?!」
琴音は悪戯っぽい微笑みをしながら話続けた。
「最初からだよ」
光莉は目を丸くして言った。
「えっ!そんな前から?言ってくれればよかったじゃない!」
「だって、光莉が好きになった人でしょう。なら、見守るのもいいのかなと」
光莉は口をとがらせた。
「琴音とは、幼稚園からの付き合いでしょう。恋愛の時も相談したのに、その時ちゃんと言ってくれれば、わたしの人生も変わっていたのかも・・・。」
琴音はその光莉の一言を聞いて、心がざわついた。そして話始めた。
「で、でもね、光莉は頼りがいがあり優しい人が好きなんでしょう。一般的に言う優しい人と、光莉が求める優しさはレベルが違うのよ。なんていうか映画でいう命がけで恋人を守るヒーローみたいな感じ?」
その言葉を聞いて光莉は言葉失った。思い当たる節がある。
だから、それを否定するように光莉は答えた。
「そ、そんな事ないよ。わたしは別に彼から何かしてもらおうって思ってないし・・・。」
「光莉は責任感が強いから、自分から親切にするタイプだもんね」
「みんなが喜んでくれば、わたしはそれだけで十分なんだよ」
「ほら、優等生!」
琴音はからかう。二人は笑いながら歩いてはいるが、お互い心の中で締め付けられる思いもあった。
しばらく並んで歩いていると、琴音の表情が急に変わった。
「ねえ、光莉」
「なに?」
「谷崎雄大さんって知ってる?」
その名前を聞いて光莉の心臓が強く脈を打つ。
「うん、知っているよ。わたしを助けてくれた人。琴音も以前スーパーで少し話したよね。谷崎さんがどうしたの?」
「ほら、あれ」
指さした道路脇の看板を光莉が見た瞬間、顔から血の気が引いていった。
「これって、葬儀場の看板」
「同姓同名の別人かもしれない」
「・・・どうしよう」
光莉は強烈な吐き気と胸を刺す痛みに耐えていた。
琴音は冷静に
「行って確かめよう。人違いだったらそれでいい。でも、今行かなければ今後一生後悔すると思う。私も一緒について行くよ。」
琴音は、小さく震える光莉の肩をだき、優しく寄り添っていた。
光莉はうなずき葬儀場へと向かった。
葬儀場の受付で事情を説明し中に通してもらった。歩いている途中、最悪の事を考えてしまい震えが止まらない。わたしの肩を抱いてくれている琴音の手も震えている。人違いであって欲しいと何度も願い続けてた。
そして遺影のある部屋の前まで来たが、どうしても中に入れない。勇気が出ない。琴音は光莉を見つめて、背中を優しく震えた手で押してくれた。
中に入った瞬間、光莉はうずくまり号泣した。
「た、谷崎さん・・・。」
琴音は言葉を失い、優しく肩を抱いてくれた。
「嘘だ、絶対に嘘だ!わたしの英雄がこんな若さで・・・。」
現実を受け止めきれず泣き続ける光莉。暗い表情の谷崎の父親が光の元に近づいた。光莉は自分の事を説明すると。父親は驚き、優しい笑顔で話しかけた。
「あの時の小学生が、こんなに元気に大きくなられたんですね。本当に良かった。事故の後遺症とかはないですか? 息子もきっと喜んでいますよ。」
谷崎さんの父親の優しさで、わたしも少し落ち着いてきた。あの時の谷崎さんの優しさを思い出しながら、父親の話を聞き続けていた。
「息子は平凡な男だったのですが、光莉さんの命救った事は、親としても嬉しかった。褒めてやりたいよ。でも、光莉さん。本当に無事に生きていてくれてありがとう。」
その言葉を聞いた瞬間、スーパーで谷崎が最後に言った言葉がよみがえる。
「生きていてくれて、本当にありがとう」
止まりかけていた涙が、また溢れた。
父親が近況を話してくれた。自宅アパートで料理中、不注意により沸騰した鍋のお湯をひっくり返し全身に大火傷をしたらしい。左目と左腕の不自由があっても生活しているのだが、慣れた行動による油断だったのかもしれないと。
しかも悪いことは重なるようだ。たまたま、スマホの充電が切れていて救急車への連絡が遅れてしまい、さらに数日前から体調を崩して体力と免疫が落ちていたとのこと。それらも重なって合併症にて帰らぬ人となった。
光莉は強い後悔に胸が潰されそうになっている。
「わたしが側にいたら」
二人は葬儀場を後にした。
月も星もない夜空。走る車の音や遠くのビルの明かりさえ光莉には届かない。
わたしをいつも照らしていた「英雄」というの光が消えた時、光莉の瞳からも光が消えていった。
暗い歩道を二人は無言で歩いていく。
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