第12話 スーパーマーケット事件
わたしは二月のカフェの一件で、どのように谷崎さんと接していいのか分からなくなってしまいました。その後、公園でお会いするのですが、天気や季節の話ばかりで少しずつ距離を感じ始めています。以前の様に恩返しをしたいという気持ちはあるのですが・・・。
公園で会う回数も減り、秋になる頃にはほとんど姿を見かけなくなりました。中身の無い会話では谷崎さんも気まずかったのでしょう。しかも、わたしには解決策がありません。
そういえば、わたしは谷崎さんの事何も知らないのです。
事故後の生活、どこに住んでいて、どんな趣味があるのか。
連絡先さえも知りません。
わたしの気持ちを押し付けるばかりで谷崎さんの事を何も知ろうとしなかった・・・。
それが原因かもしれません。
その後、谷崎さんを見かけることなく、時は過ぎていきます。年が明け、夏が過ぎ、また年が明ける。春になると、わたしは大学四年になりました。努力の甲斐もあり卒業と就職も確実に決まり目的に一歩近づいた実感を得ていました。
彼氏とも仲良くし日々を過ごしており、この先の人生で共に歩んでいくのだろうと、ぼんやりながら考えています。ただ、今でも谷崎さんの事になると喧嘩になってしまう。わたしは谷崎さんとの再会を期待して色んな所へ出かけるのですが、彼はそんな事はやめて欲しいと言ってくる。理解できるけど、それでも恩人である谷崎さんの事は忘れたくない。その気持ちは、わたしの中に今でも残り続けている。
そして突然の再会は五月、夜に買い物へ訪れたスーパーマーケットで起こった。
その日は雲が空全体を覆い、星の光は一つも見えない暗い夜空だった。いつものように買い物をし、特売の玉子パックを手に持ち店を出たら、離れた所で幼稚園から付き合いが続いている琴音が手を振っていた。笑顔で手を振り返した瞬間、琴音の背後を谷崎さんが通り過ぎるのが見えた。
思わず大声で叫けぶ。
「谷崎さん!!」
谷崎と、琴音は同時に驚きこちらを見る。
光莉は駆けより声をかけた。
「谷崎さん、お久しぶりです」
心臓が破裂しそうな緊張。
何を話せばいいのか分からない。
混乱。
琴音は驚いた様子でいた。だけど瞬時に状況を理解し光莉を見つめている谷崎に声をかけた。
「あっ、私、光莉の友人の琴音です。最近谷崎さんにお会いできないって光莉寂しがってましたよ。良かったら何かお話ししてください」
と笑顔で頼まれた谷崎は、苦笑いしながら話しかけた。
「光莉さん、お元気でしたか?」
「はい、元気です。谷崎さんこそ元気ですか?一年半ぶりですよね?」
緊張と不安で固まっていた心が、琴音のアシストで一気に以前の光莉に戻っていった。谷崎の一言一言で、光莉が二年程悩んでいたのが嘘みたいに消えていくのを感じている。心が晴れてすっきりし、周りが鮮やかに見え始めていた。
「何とか。元気にしています」
「ちゃんとご飯食べてますか?困ったことないですか?公園で見かけなくなりましたがどうしたのですか?」
琴音は自分の役目を終えたと悟り、静か店へ消えた。
谷崎の表情が固まり静かに答えた。
「公園に行くのは止めました」
「えっ?! なぜですか?」
「光莉さんと会うからです。・・・もう、会いたくないです」
光莉の瞳からは光りが消えていく。
「なぜですか」
「光莉さんに会うと辛いのです。光莉さんの人生は輝いています。目標に向かい幸せな人生を歩んでいるのです。それは私の願いそのものです。だけど私はただ傍観していたいのです。」
光莉は谷崎が言っている意味や気持ちが分からない。
「光莉さんの恩返しをしたいという気持ちは十分にわかります。光莉さんが優しい方だと知ってます。ただ、私には光莉さんが優しすぎるのです。・・・重すぎるのです」
谷崎の目からは涙が溢れそうになっていた。
「私の人生はあの事故から滅茶苦茶です。仕事も何度も辞め、日常生活も不便ばかり。お付き合いしてた女性も去り、将来に希望も夢もありません。ただその日をやり過ごすだけの人生なのです。」
光莉は胸に突き刺さる気持ちでいた。
「なぜわたしが谷崎さんのサポートを申し出た時、断られたのですか」
「光莉さんの生活のサポートは公的サポートで受けることが出来ます
しかも光莉さんは恩返しを果たす事が目的になっている。私にはそう聞こえます」
光莉は答えることが出来ない。確かにそうかもしれない。わたしは「恩返し」する事で許しを求めていたのかもしれない。単なる自己満足にすぎない。
谷崎は涙を拭きながら続けた。
「光莉さんは、事故で無事に助けられてその後順調な生活を過ごされてきた。一方私は助けた代償で体に障害を持ってしまった。その事に罪悪感を持っているでしょう」
光莉はうつむき、手に持つ玉子は小刻みに揺れていた。
「そんな罪悪感は忘れてください。あの事故は私の判断と責任で行った事です。それがたまたま光莉さんだったのです。あの時行動しなければ一生後悔していたと思います。行動をした今だからこそ言える、光莉さんには幸せな未来に進んで欲しいのです。後悔はしていません。唯一の希望です。だから感謝も支援も必要ありません。しかも私を支援したとしても、いつかは終わる。それは、私にはつらいです。私の前から貴方がいなくなるのは寂しいです。」
谷崎は、恰好つけて言っているが、本心は言えない。正しく伝える怖さから逃げていた。だが、光莉の目から輝きの星が消えかけている事に気づき思わず、おもわず本心を口にする。今日が最後になるのだから、少しぐらい本音を言ってもいいだろうと。
「私は光莉さんに心から惹かれています。本当はそばにいて欲しい、ともに一緒に将来を歩みたい。ただ、それは望んではいけない事とわかります。光莉さんも好きな彼氏さんと共に人生歩みたいでしょう。私を見てください。こんな体や気持ちでは光莉さんの横に立つ資格はありません。
私よりも彼氏さんとの人生の方が光莉さんを支え、幸せになると思っています。光莉さんが善意で私に手助けしても彼氏さんは理解してくれません。嫉妬されます。最悪喧嘩になりませんか。」
光莉は谷崎の突然の告白に驚いた。谷崎さんは雲の上の遠い存在だと思っていた。まさか自分の事を好きだったとは。わたしは谷崎さんから助けられたから尊敬していた。でもそれだけではない。わたしの幸せな未来を心から願っていてくれる。その気持ちは十分に感じていた。
「彼氏は・・・。」
言葉が続かない。わたしの気持ち、どうしたいのか、突然の展開で考えも判断も出来ない。
谷崎は静かに光莉に伝えた。
「手を伸ばしても届かない光り輝く星。私は弱い人間です。だからこそ光莉さんの優しさが辛いのです。」
光莉の瞳にも涙がこぼれだしている。だけど言葉が出ない。
谷崎は続けた。
「今、光莉さんに優しくされると別れる時が辛くなります。だから私の心の中から光莉さんの存在自体をなくしたいのです。なくなれば辛くもならなくなります。
だから、お願いです。もう私の前に現れないでください。本当に親切にしてくれて、ありがとう。そして無事に生きていてくれてありがとう。」
その言葉を話し終わった瞬間、光莉の瞳から完全に光が消えていった。谷崎もその瞳を見ながら、光莉にそこまではっきり気持ちを伝えてしまった事に心を痛みだしている。だけど、彼女に伝えれば僕の心が軽くなるはずなのだが・・・。全くならない。
さらに心が押しつぶされていく、頭の中も混乱してくる。僕は彼女に遠くに離れて欲しいのか、近くにいて欲しいのかさえ、分からなくなっている。確かに僕は決心したはずなのに最後の最後まで僕の心は揺れていた。きっと心のどこかでは助けを求めているのかもしれない。
谷崎は、光莉に背を向けた。彼女から離れるためだが、あまりにも酷い言葉をかけてしまって顔を見れないというのもある。
光莉は頭の中が真っ白になり、心は潰されるように痛い。呼吸もできない。何も聞こえない。目の前がぼやけてくる。だけど、どうしたら良いのか考える事すら出来ない。このままでは、わたしの前から谷崎さんが居なくなるのは確かだ。目の前がだんだん暗くなり、谷崎さんを引き留める為、掴もうと手を必死に伸ばす。・・・でも、届かない。
わたしの目の前は真っ暗になって何も見えなくなった。
伸ばした手から滑り落ちた玉子パックが潰れた音だけが聞こえていた。
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