第23話_衝突

ツクヨミホームをあとにし、三人は夕闇の差し込む路地裏を歩く。

冥府の街は昼夜の概念が曖昧で、ネオンの光がぼんやりと地面に滲んでいた。


燈は手に下げた紙袋をそっと握りしめる。

中には、管理人へのプレゼント――

ショッキングピンクのふわふわクッション。


(ほんとは白とか黒にしようとしてたのに……)


『つきちゃんには女子力が足りない!』

というイナバからの貴重な意見を参考にこの色にした。


(つきちゃん……喜んでくれるといいな)


白兎亭の木製の引き戸が見えてきた頃、燈の足は自然と歩幅を狭めていた。

そして、店に近づいた瞬間――


「あれ?明かりが付いてる……?出る時に消したはずなんだけどなぁ」

店内の障子越しに、ほのかな灯りが洩れていた。


「まさか、誰かいるのかな……?」


イナバがぴたっと足を止める。

その耳がぴんと立ち、警戒モードに切り替わる。


「や、やめてよあかりん!怖いこと言わないで!」


意を決したように、ガラッ!!と勢いよく戸を開け放った。


「そ、そこにいるのは誰だっ……!」


――その視線の先で、明かりに照らされた影がゆっくり振り返る。


水の入ったコップを口元に運びながら、まるで自宅のようにくつろいでいる人物。


麦わら帽子。

鋭い目つき。


「……ってつきちゃん!?」


管理人はコップを静かに置き、いつもの無表情で返す。

「イナバか、邪魔してるぞ。鍵はしっかりと掛けることだな」


「ごめんなさ――じゃなくて!何堂々と不法侵入してるのかなぁ!?」


が、管理人の視線はすぐに燈へ滑る。

目つきが、明らかに鋭くなった。


「……燈」

その呼び方だけで、背筋に冷たいものが走る。


「なぜお前がここにいる?説明してもらおうか……この状況を」

管理人の鋭い視線が燈を射抜いたまま、沈黙が落ちる。


思わず紙袋をきゅっと抱え込む。

「ええっと……その……あの……」


何から話せばいいのか、どこまで話せば許されるのか――

頭の中が真っ白になり、言葉が形を成さない。


管理人が椅子をわずかに引き、わざと音を立てて立ち上がる。

「答えろ」


そのとき――


「待ってつきちゃん!あかりんは悪くないの!」

イナバが慌てて二人の間に滑り込み、両手を大きく広げて燈を隠すように立った。


「ほら最近さ!仕事頑張ってるみたいだし!僕が息抜きしに行こうって連れ出しちゃっただけ!!」


しかし――

管理人は一瞥もくれず冷たく吐き捨てた。

「黙れ、お前は関係ない」


「えっ……ひ、ひどっ……」


管理人は再び燈へ向き直る。

「質問を変えようか。どうして一人で冥府に出た?」


燈は視線を合わせられず、足元の床を見つめ続ける。

「ご、ごめんなさい……約束、守れなくて……」


管理人は短く息を吐く。

それは苛立ちを押し殺したような、低いため息だった。

「質問の答えになっていないな。今は謝罪ではなく、『一人で冥府に出た理由』を聞いているんだ」


口を開こうとするが、声が出ない。

震える指先で、紙袋の持ち手をぎゅうっと握りしめる。


胸ポケットの中で、コウが不安そうに身じろぎし、小さな瞳で燈の顔を見上げていた。


その光景を目にした瞬間、イナバの胸の奥で何かが強く燃え上がる。

「ちょっと待ちなよ、つきちゃん」


抑えきれず、一歩前に出る。


管理人の視線が、ゆっくりとイナバへ向く。

冷徹な眼光に射抜かれても、彼女は怯まなかった。


「あかりんにだって、たまには一人で居たい時だってあるよ……そんなに問い詰めなくってもいいじゃん」


「おい……黙ってろと言ったはずだが?」

その声は氷のように冷たく、感情の入り込む余地を一切拒絶していた。


その態度に、ついに怒りが爆発する。

「関係……あるよ!!だって……友達だもん!!ちょっとはあかりんの気持ちも考えてみたらどうなの!?」

感情が抑えきれず、表情が歪む。


「毎日つきちゃんに怒られて……それでも必死に食らいついて……でも少し辛くなっちゃって、だから!!」


一呼吸置き、必死に言葉を紡ぐ。


「だから……勇気を出して僕の店に一人で来てくれたんだよ……それでも、ダメだって言うつもり?」


管理人は、イナバから視線を外し、再び燈を見た。

「燈、それが冥府に一人で出た理由か?」


燈の肩がびくりと震える。

「は、はい……」

蚊が鳴くような声。


一瞬の沈黙。


管理人は目を伏せ、そして――

静かに、結論を告げる。

「そうか、わかった。なら……」


思わず燈は息を呑む。


「現世へ帰れ。もういいだろう?」


それは、あまりにも唐突で、あまりにも冷たい宣告だった。

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2025年12月31日 18:00
2026年1月3日 15:00

月の宮~異世界駅を継ぐ者~ くちびる @Deckbrush0408

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