第11話

共同生活9日目


 この数日間はというと二人は実際に飛行をするに際しての前準備にも勤しんでいた。前もって飛ぶルートと時間帯を決める。

 まずに緑富野山というのは高低差、そして生えている木々の樹齢や種類の影響で比較的背の高い木々が生える場所がある。そのためあまり見つかることはない。しかし誰かが山に入ることも考えて夕方より少し前の時間帯に行うことにする。そしてルートだが川沿いを飛行ルートとする。川の条件についてだが、落下したことを考えると深めであり、そして澄んでいる水が流れる水域。手当のことを考える、また万が一のことがあったとしても川に沿うと特定の水域は町まで流れるものもある。ルートの近くの簡単な整備をしていたのも時間がかかってしまったことの要因である。やること自体は簡単だ、夏とは言えども木の葉というものは枯れ落ちていくものがある。それらを集めて地面に敷き詰めていく。横の幅と飛行するための長さを確保することに時間がかかってしまったのだ。しかしやっと敷き詰めの作業と大方のルート決めが終わった。

 

ルート決めが終わった、木の葉が敷き詰められている標ともいえるその長い道を見ているとそれが感じられる。というよりは飛ばなければならない、取り組まなければならないという感触がある。それは義務感が嫌なんじゃない。うまくいかない、もし上手くいかなければまた何か、他のモノで僕の功績と証明しないといけない。いや、また敗北感が襲ってくる気がする。リリエンタールの名にふさわしくならなければ、漠然とした、というより直視できない不安が襲い来る。


 しかし彼女が運んできた竹の棒を見るとやはりきちんとしなければならないと感じる。彼女が運んできてくれた物は竹に特殊な液体を混ぜたものに付け込んでもらい、そして竹の先端付近にいくつかの粉と特殊な石を入れてあるものだ。そしてこれから僕が行う施術、仕組みはシンプルだ。先端部分と真ん中、二か所に魔法陣を組み込む。浮くため、進むため、風を操るため、魔法の力、気、或いは魔力を制御する文字、それらを文法の様に、あるいは式の様に組み込んでゆく。仕組みはできる。いや出来てなければならない。これすらできなくなったら僕はおしまいだ。きちんと刻み込んだらその部分に火をつける。すると刻印が完了する。黒い文字が彫り込まれたそれは、燃え尽きたはずなのにどこか光りそうな、そう、つまり無機質な五尺玉のような予感を漂わせた。


 そしてそのアリステイルの作業を近くで、どこか湧き上がるような心の高揚、それも好奇心のような感覚と共に澪車は見ていた。


 特段この模様や、これから飛ぶということに現実味が湧いていないわけではない。実際、アリステイルと会う時、幾度か簡易的な呪(まじな)いがされた鳥のような形をしたものが出てきた。それは実際に彼が気、魔力を込めた時に滑るように空の下に駆け出した。確かにあった。しかしどこか紙や竹細工で作られた童の玩具を見たからであろうか、そのようなものと重なってしまったから高揚が半分ほどだった。しかし、今は違う

 私、ひょっとして飛べるのかしら。


その疑問が、いや答えが出てくる気がした。


 彼がその、呪(まじな)い、だろうかその処理をしたその竹でできた道具に目線を落としていた。というよりそこで溺れている、どこか止まってるようだ。でも、申し訳ないけど、何か湧き上がるものが止まらない。

 そう思った彼女は少し震えた、いつもより少し高くて接地感のない声色でこういった。

「ち、ちょっと見てみてもいいかしら」


「ああ、もちろん」

 何かを含むようにアリステイルは言った。


 そして澪車はそれをじっくりと再び自分の手のもとで見つめた。気に関する道具や物が倭の国にないわけではない。しかし澪車が触れてきたそれは儀式的なもの、もしくはとてもたんぱくなものである場合がほとんどであった。気そのもののため、何物にも染まっていない素材そのもの。しかし、これは違う。細工が施されたそれは気、いや魔法の力に満ちていた。まさしく道具だ、いやというより生きている。今、まさに’’この私を使ってくれと引きつけるようだ。これは引力だ、魔法というものなのかもしれない。倭の国の道具とは違う呪(まじな)い、いや呪いかもしれない。それに近い、しかしこれは何かを私に言っている。

 使い方はたしかアリステイルが言っていた、自信の足と足の間に挟んで、この竹でできた道具に体を預ける感覚。そして気、いやこれは魔力だ。それを流していく。するとふわりと何かに押し上げられるような、まるで自分自身の体以外の力でさらに押されているような感覚があった。しかし、いまだ私の足は地面に触れている。いや地面に押し付けられている、まるで私を逃がさんとしているようだ。だから私はその何かから、縛られることから離れるために地面を思い切り蹴った。そしてその時の力みと同時に、この腰下の道具にも力を込める。すると、そのとき確かに浮いた、いや今も浮いている。みると、確かに私の体が地面から離れているのだ。その感覚に身を任せてみる。流れる水の様に、或いは活発な子供の木登りの様に上へ上へと押し上がる。

 おそらく人一人分ほどの高さまで上がったところからであろうか、どこかの一地点からグワングワンと魔道具とともに私も揺れ始める。左右へと揺らされる。それに何とか対処しようとする。剣で行う正眼のように魔道具を掴んでいる両の手が一直線となり、天を少し仰ぎ始めたところで、グンッと前へと進んでしまった。安定する方へと自身を預ける。そのまま澪車は七十間ほど進む。すると目の前に木が近くなった。

 どうしよう、これはどうやって曲がればいいのかしら。

 瞬時に思考が駆け巡る。そうすると奥の方からアリステイルが走りながら言う。

「そのまま体をひねりながら倒すんだ! 」

 その言葉を聞いてすぐに体を倒そうとする、しかしそうすると急に倒しすぎてしまったのか彼女はそのまま投げ出された。

 「ミオクルマさん! 」

 投げ出すようなその言葉を聞きながら彼女の体は自然と動いていた。彼女は転がるように自身の体を地面と接触させ、そして右半身を思い切り地面と接触させる。その右腕はどこか地面をはたいているかのようにアリステイルは感じた。

 背中が大きく動くような過呼吸。そしてそれと共に胸の高まりを、鼓動を感じる。そしてそのことを頭の中で整理しながらアリステイルのもとをむく。

 「平気ですっ。」

 どこか強く言い放たれたその言葉。そしてアリステイルは「あ、あのもうしわけなっ」言葉を紡ぐ途中で息が切れながら遮る。「どうだった、どれくらい飛んでいた、そういうのはいりませんからっ。」その息の荒がりは、鼓動の、いや胸の高鳴りは、興奮、高揚、いやなにかこみ上げるモノだった。いや、喜びかもしれない。

アリステイルは固まった、いや固まってしまった。なにも怒りをぶつけられてないことだろうか。

 「感動してないのですかっ、これはすごいものですよ!」


 その言葉をもらった時から血が、自身の思考という血流が回りだした。距離にしておそらく建物二つから三つ分、そうだ、ここまで飛ばせなかった。有人で、しかも慣れていない者が、だ。

 「とんだのっ、か? 」

 燃える様な瞳で彼女はうなずいた。


 その現実を処理するため彼は下を向いていた。しかしそれは今まで通りの屈服や失望によるものではない、断じて。確実に、強く情熱を心の臓腑が拍動させる。

 

 アリステイルは主への祈りを捧げるよりも早く、そして右の手を掲げた。


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