第10話

共同生活四日目

 

 初日と違い二人はいま、とある甘味処の奥の間、その場所に腰を据えている。日の光から隔離されたその空間は木々により作られた日の影よりも数段心地が良く、これからの長い時間を緩和し、没頭しようとする二人を見守るかのような静けさがその場にはあった。


アリステイルの現前にはアズキという異国の赤い豆でつくられたという練り物のような、ペースト状のもの、半透明なプリンの様なもの、白い艶のある何か、それらが小さな前菜用のような小さな器にもられたモノ。そして多くの紙が散乱している。


 そしてその紙を目の前に座っている澪車照も手に取っている。これ以上見続ければその裏まで貫通して、その先にいるお互いを見てしまうのではないかというほどの目力を感じる。その強い力の源は彼女の頭部からきているのだろうか。もしそうだとしたらその強い塊をほぐそうとしているのだろう。なんとか考えを巡らそうとしている。その動きが彼女のもう片方の手に握られている赤色の漆仕立ての匙がゆっくりと回りだしている。

 外の国、彼の国近辺において気はどうやら魔法、魔術という倭の国とは離れた体系化された技術になっているらしい。専用の方陣を組むこと、なにやら気を流すことに特化している文字があること、道具に気を練りこんで流し込む、呪いの言葉を紡ぐなどがある。そのことを自分の思考や感覚に沿いながら、右手の匙を回し、澪車は咀嚼していく。

 円形の方陣、魔力、体系、初めての言葉、概念や感覚を自身に落とし込む、そのためにひたすら取り組む、わからなくても頭の中で一度置いておく。言葉を学ぶときも、或いは初めて座禅や武道に関することを行う時も、澪車はその姿勢を崩さない。体験する、咀嚼する、おいてみる、考える。これらのことをぐるぐると繰り返す。すると頭の中で何かが焼き溶ける感触があるため匙が握られている手が自然と甘味に伸びる。ニ口ほど放り込むと別の思考が浮かんでくる。

 「すこし聞きたいのだけれど」

 そう一言、すると偶然か彼の手も甘味へ伸びていた 。コクンッ、と飲み込んだかと思うと目を合わせてきた。澪車は続ける。

 「まず、どこまでできているのかしら、道具としての形を考えていると思うのだけど。そしてこれをどうつかうのかしら。一部の者たちだけのものにするのか、あるいは多くの人に向けて売り出すのか。」


 「僕としては多くの人たちに向けて売り出したいと考えてる。そうでないと意味がない。形や案などはできている。なんならば使える材料があればすぐにでも飛ぶことはできると思う」

 そこで彼は止まってしまった。

 「でも、なにかしら、ひょっとして上手く飛ぶことができないのですか。今のいいぶりだと飛ぶこと自体は出来る、と言いそうなのだけれども。あと、この飛ぶための方陣というのは出来るのかしら」

 ズバリと言われてしまったアリステイル。しかしそれは気まずい空気感に陥り停滞することが無くなったとも考えられる。ともかくとして彼は話さなくてはならなかった。自身の魔法の不出来について。

 「ああ、そうだ。多くの研究によって技術は進歩しているが空を飛ぶというのはまだ容易ではない。独自に組み上げるしかないんだ。僕には飛べなかった。でも、まだ飛べないだけ、そう信じたいんだ」

 

 澪車から見てもその言葉には飛びたいという事以外の者が含まれている気がした。空を飛びたい、そしてそのこと、つまり自身で何かを証明したいというようなものを感じた。

 それからというもの二人は甘味を食べ終えて二つの目標を立ててその日は終わった。

一つ、きちんと売れるほどのものにすること。

 二つ安定して飛ぶことの出来る魔法道具を作ること。 それも誰もが使える程の物に近づけること。

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