第6話

 少し時間が経ち、少しずつ噛み締めて消化していく。


 彼はこの気持ちが緊張である気がした。そのため少し外に行くことにした。倭の国に来る前もそうして外に行き、思索や勉強をしていたのだ。その癖がこの国でも出ているのであろうか。ともかくいつも通りの感覚で外に出て、いつも通りでない地を散策する。幸いなことに地図に関しては渡されている。それに何やら紙があり、これを見せるとどうやら宿まで案内してくれる、あるいは道を教えてくれるらしく、まあ、心配はないだろうとそう彼は思った。いやそう思うことにした。ともかく彼は動く動機と安心する何かが欲しかったのだ。


 アリステイルは一度外に出た。外に出るとすぐさま彼のもとへと刺すような強い日の光が彼のことを襲った。確かに倭の国は暑い。しかしそれは彼のことを焼きつくしてしまうほどのものではない。しかし違和感の様な、違和感でない馴染みは、その安寧とも感じれるような暗さから一転するとその日の光というものは特段強く思えたのだ。


 どこか呆けるかのような心を引き戻すような、或いはどこか刺してくるかのような日の光に刺されながら手元の地図へと逃げるように目線を向けていく。以外にもこの国の紙の質は高いようだ。不純物と思しきものがなく手触りも滑らかでちょうどよい薄さがある。あまり質の良くないものであると耐久性を考えて少し厚いものになったり、手触りがごわごわとしたものになる。また不純物が混じることもある。よほどよい製紙技術なのだろう。そう思いながらアリステイルはその紙の導くままに足を進めていく。

歩いて数刻ほどしていると何やら建物が多い所になる。どうやらここら一帯は商業であったり、或いは食事をするような場所などがある。読めない文字が多いが地図にそれぞれのマークが書いてある。それに近くを通ると何かを焼くような匂いやどこか魚介系の匂いがする。おそらくそういったところで間違いがないのだろう。

 匂いというとやはり木で作られている建物が多いからかどことなく木の匂いもする。そうして目に見えないものを鼻で感じているとアリステイルの耳と前髪でじゃれついてくるものがきた。それは彼の国でも多くのモノを運んできた。多分風というのは生きているのだろう。そんな気がする。木の下で読書をしたときそれは夕暮れを知らせることもあった。いや直接知らせたわけではない。しかし何かの変化を運んでくる。またある時はその風がいざなってくるときもある。それは昼下がりのもの。温かきそれは刹那の泥濘の元へといざなってくる。またその眠りから覚ましてくれるのもそれなのである。そのような感傷とも或いは別なのかもしれないがそのようなものを刺してくる日差しから彼を癒すようにささやく。そのみえないささやきに耳を、目をやると見慣れない鳥がささやきとともに木々でできている建物の天井へと止まる。

 彼は鳥に興味を抱いている。いや鳥そのものもあるのだろうがその鳥を鳥という生物たらしめている翼に彼はひかれているのだ。翼をもつという事。それは何物にも縛られないという事、そのようにアリステイルは感じている。

 目の前に見えるは数匹。おそらく二種類だろう。一つはどこか明るい砂の様な茶色の首を持つ鳥。顔立ちや大きさからみてハトの類だろうか。首から胸にかけては茶色の衣を羽織っている。そして翼は尻尾付近まで伸びていてその模様も独特である。淵の部分が少し明るい色となっており、胴体に近い部分、たしか大雨膜といっただろうか、その部分は特に一枚一枚が細かくまるで雨をはじくためなのであろうか鱗を思わせる様な模様を作り出している。

 もう一匹こちらはあのハトだろうか、と比べてみるとかなり小柄に見える。故郷の者だとヤヌマドリ程だろうか。こちらの鳥もどこか砂の様な茶色をしている。頭部はより濃い目の茶色をしていてどこか秋を思わせる様な、或いは何かをかぶっているようだ。腹部の白さと差異を感じるように翼は茶色と砂色がまじりあうような色彩だ。あの店の天井にいるハトの羽は洗練さを思わせる質感。しかしこちらのこの小さな鳥はどこか柔らかな質感を思わせる。

 そうしてなぞるような思考と観察をしているアリステイルはまたもや風を感じた。そのとき彼の観察者としてのどこかくすぐるような好奇心がささやく。広がった羽の形を見たいと。その毒に或いは衝動ともいえる好奇心とどこか脅迫的な観念に襲われてしまったらばもう逃げることはできない。どこか風の行く末が分かる気がした彼はそのまま風に、或いはその好奇心に導かれるように足を進めだした。


 その気配を察したのか、或いは風を読んでいたのだろうか右の方に留まっていたスズメが一匹空へと滑るように滑らかに翼をはためかせ、そして風の元へと舞ってゆく。そしてそれをより近くで見ようとしたところ’どしんっ’と何かにぶつかってしまった。風のいたずらか或いはそれ以外の何かか、運が悪いことに頭をぶつけたその後、もつれあいながら両者が地面の元へと投げ出されてしまった。頭と腰あたりの染み出してくるような痛みを感じながら前を向く。すると

 『痛ってー、てめえどこむいてんだよ』

 とこの国の言葉で少ししか言っている内容はわからないが少なくとも怒っていることはわかるような声色と声量でこちらに何かの言葉を捨てるように、或いは投げかけるように、発散するように言いはなつ。

『大丈夫?やっちゃん』

『やっちゃんにぶつかっておいてなんかないのかお前』

 すぐに近くを歩いていたであろう二人がこちらになにかを言い放つ。

 ぶつかってしまった一人は恰幅の良い恰好をしていて青色のこの国の服をきている。すこし大きめに布が余るような服だからであろうか、あるいは恰幅が良いのかすこし太く大きく見えた。そして二人は緑と黄いろの似たような形の服を着ている。

『ゴメンナサイ、モウシワケナイ』思い出すように謝罪の意があると教えられた言葉を言う。しかし目の前の青い服をきた子の怒りは収まっておらず、むしろより何かの気持ちが大きくなってしまったのか、起き上がろうとしたところを肘で押し返されてしまった。そして小脇に抱えていた鳥の翼の絵をみつける。みつけられてしまった、それをみてどこか得意げに、あるいは当たるべき何かをみつけたのか思い切り踏みつけてくる。そしてついでと言わんばかりに僕の袖と腹を蹴り飛ばしてきた。

 『なんだこいつ、よそもんか』

 となりにいる黄色の服のやつが言う。

『変な髪色してるぜ』そういうと足元に力をこめて砂埃をかけてきた。言われも得ない不快感に恐怖心のようななにか、そして身の丈と陥っている状態に合わない憤りに手が震える。しかしそれしかできない。いわれている言葉はわからない。たいして怒っていないはずだがこの絵をふまれたことだろうか、なにか虚構の様なものを傷つけられたから なのか行き場のないものと無力感にただただ手を、この身を震わせることしかできなかった。

 あぁ、どうやら僕に対してはこの世界は納得していなかったらしい。僕自身はどこか言われもしない納得感や馴染みに近い何かを抱いていたのだが、この世界、或いはこの国、少なくとも目の前にいる三人には異物として捉えられてしまったようだ。


 するとどこかから声がかかった。

 『ちょっとなにしてるのよ、あなた達!』

 女性の声が聞こえてきた。

 すると彼らは知り合いなのだろうか、或いはどちらとも町で知られているのか

  『皓伝屋と澪車のあいつらだ、まためんどくせえにげるぞ!』

 その声がするや否や彼らは一目散に逃げだした。


 彌助のやつ、またいいつけないとだめかしら。

 照はそうおもいながら彼らがいた足元に、いま起き上がろうとしている者がいた。どこか見覚えのある服装を見た澪車照はその人物の元へと近づいていく。見ると紙や羽?と思わしきものなどが散乱している。何か鳥や羽などが模写されているように見えた。しかし羽は何のためにあるのだろうか。それに先端が少し黒ずんでいる気がする。また、もう一つ、目につくものがあった。丸の中に不思議な文様、空を飛ぶ魔法について、などのことが書いてあった。このものは何をしているのだろうか。そのようなことを思いながらそれらを拾うとその人物と目が合った。どこか落ち込むような、或いは憤りのような表情をしている。そして見覚えのある人物の名が分かった。いやというより思い出された。

 「君は、ありすたいらー・りりえんてーる? だったかしら」

 最初にかける言葉として不自然な気はするが、なぜか聞いてしまった。

 「アリステイル・リリエンタールだ」

 そのものは何かを抑えるように、そして私にもわかりやすく、音がつかめるようにそういった。

 続けて彼が話す。

 「変なところをみせたな。でもいつかこの借りは返す。」「それはそうとなぜ僕の名前が分かった?」

 そういいながら彼は私が差しだした物を受け取る。そんな彼はいまだどこか何かをかみつぶすような表情をしている。

 すこし考え込む照。そうか、学び舎の初日だからまだ時間が浅いのだ。そう思いつくとまた言葉を紡ぐ。

 「慶知の杜、同じ間に居たのよ。」

 ハタハタと袂についた土埃を払いながら言う。

 「澪車照よ」

そういうと彼はどこか新しいものを見たような声色で私の名前を繰り返した。

 「ミクルマ、テル」「また会うだろう。失礼する、友人と一緒のところすまなかった。なんども言うようだが借りは必ず返そう。」

 

 そういってアリステイルは帰ろうとしたが、ここでもわけも分からず彼を引き留めてしまう。

 「まって、そんな恰好でどこに行くつもり?」

 彼の格好は土埃に染められている。それに気づいていない のかやせ我慢かわからないが、彼の腕や足元が赤く染まっている部分がある。彼らに目をつけられたときにでも擦りむいたのだろう。


 「だいじょうぶっだっっ」

 アリステイルがそう言おうとしたところ、彼女の隣にいた者が腕をつかんできた。

『照ちゃんがこういってるんだよ、ほらこっち。』

 彼女はそういう。

 アリステイルは彼女と反対の方向に足や腕の力を向けたが振りほどけなかった。

 何と言っているかわからないが、強い力だ。くそっ、こんな、屈辱だ。そう思いながら抵抗する

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