第3話

 雨上がりの湿った心地とともにその日は訪れた。ぞろぞろと人の列が慶智の杜へと入っていく。

 カコカコとどこか堅い音が少し響いたかと思えばすぐに止んだ。靴の音なのであるが彼女はそれを知らない。そのことがどこか彼女の背筋を伸ばすように空気を重くした。あるいはそう感じてしまった。

 そして木と木のこすれる様な襖を開ける音がしたかと思えばいつも見慣れた先生が来た。留学生の一人であろう子を連れて。


 「は、はじめましてアリステイル・リリエンタールです」

 友人から聞いたこと、そして外から除いた留学生とやらは大分大柄な者たちが多いと聞いていたため、照は驚いた。いや驚愕というものではないのだが拍子抜けした。

 案外小さいのね。いえ、顔を見ていると少し幼い気がするけれど。あるいは顔の作りが違うからなのかしら。

 彼女はまずそのありすてら?という少年の名前と見目に、その立ち姿に目を引かれた。言葉の意味は学んでいたため理解できた。しかし、ありすていら? 聞き慣れないその音が何を表しているのかわからなかった。女の名前なのだろうか、男のものなのか。苗字なのかはわかっていた。あちらの国は名前を最初に、家を表す名を後に置くということを知っていた。見た目に関していえば身長が、体格が自身と同じかひょっとすると少し小さい気もした。そしてその次に彼女の頭に入るものはその目、髪、肌の色であった。肌は白く、目の色は空や蒼玉を思わせるかのような青色。髪の毛は絹の様に滑らかで金と白を混ぜたような色をしていた。顔立ちは見れば見るほど幼い様相をしている。

 そのように彼か彼女かわからない【ありすている】、を目に移しながら、彼女は、ハァと小さくため息をついた。特段気に入らないわけではない。というより眼中にないの方が近しい。そのようなことを照は考えていた。

 いいわね、はるか彼方からきたあの者たちは。さぞ高貴なところに生まれて、それでいてここに来るほど自由な、もしくは強いものを持ってるのかもしれないわね。武芸かしら、気かしら、いえ、あちらでは気のことを魔術とか言ったのかしら。まぁいいわ。

 そうして彼女はありすているを品定めするように視界のどこかに入れながら、そしてある程度終わったら、今日という鬱滞とした日々をこなしていくのだろう。彼女はある日から言われもしない不快感のようなものを抱えるようになった。おそらくそれが何かはわかっているのだ。でも見つめてしまったらきっともっと嫌になる。そんな気がするからただただ抱えたまま今日を過ごしていく。心を刺激するが、きっと、まだ絶望するほどのものではないから。そう信じて。

 

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