第22話「天空の律、稲光の冠」
◇山を越えて
大陸脊(せき)の山脈を抜けると、風の匂いが変わった。
乾いた土の香りに代わって、鉄のような匂いが鼻を刺す。
空は青さを失い、鉛色の雲が渦を巻いていた。
アリアが耳を伏せ、尾を揺らす。
「……音がする。空の奥で太鼓が叩かれてる」
ミラは空を見上げ、震える声を漏らす。
「息が重い……胸の中で雷が鳴ってるみたい」
セレナは石板を掲げ、符線の乱れを読み取る。
「天空の律。“稲光の冠”と呼ばれる古代の拍だわ。――近づくだけで術が焦げる」
胸の祠がざわつく。
滞り、渇き、溢れ、忘却、岩……それらすべてを越えて、今度は「空」が俺を試そうとしていた。
◇天空都市アストラ
峠を越えた先に、白い尖塔が雲を突き抜けていた。
天空都市アストラ。
大地より高く、稲光に抱かれる街。
だが街の門には避雷針が何本も折れ、石壁は黒く焦げていた。
人々は塔の影に身を寄せ、空を怯えた目で仰いでいる。
長老が俺たちを迎え、杖を握る手を震わせた。
「等流師……! 冠が落ちてくる。空の心臓が怒っておる!」
◇冠の予兆
その時、空を裂く轟音。
稲光が塔を直撃し、火花と石片が飛び散った。
人々の悲鳴が渦を巻き、俺の祠が共鳴する。
「……このままじゃ都市ごと焼き尽くされる」
セレナが石板を叩き、焦げた符を指差す。
「冠の中心は“雷渦殿(らいうでん)”。古代に建てられた大空の神殿。そこに拍を祀らなければ、街は保たない」
アリアが弓を握る。
「雷ごと射抜くしかない!」
ミラが首を振る。
「雷は止められない……でも、受け皿を作れば導ける」
俺は息を整え、胸の祠を押さえた。
「行こう。雷渦殿で冠を祀る」
◇雷渦殿
街の中央を登り、雲の中に突き刺さる石殿へ向かう。
殿の周囲では稲光が絶え間なく走り、空気が焼ける匂いがした。
殿の扉を押し開けると、内部は巨大な円形の祭壇だった。
中央に浮かぶのは、雷を閉じ込めたかのような水晶の冠。
稲光はそこから溢れ、殿全体を揺るがしていた。
『我は冠。頂に座す者。支える土も、満ちる海も、我を戴くためにある』
低く響く声が頭を打つ。
――天空の律。
◇試練の雷
冠から無数の雷光が奔り、俺たちを襲った。
アリアが矢を放ち、稲光を弾く。
ミラが香を焚き、雷の衝撃を和らげる。
セレナが符を描き、稲妻の軌道を逸らす。
だが次の瞬間、雷は祠の奥に突き刺さった。
全身を灼くような痛み。
心臓が外から握り潰される感覚。
『頂に立つ覚悟はあるか。圧を戴けぬなら、地へ落ちよ』
声が脳を焼き、視界が白に塗り潰される。
◇四人の光
「落ちるな!」
アリアの叫びが聞こえる。
「あなたは冠を独りで背負うためじゃない!」
ミラが涙声で祈りを捧げる。
「雷は冷酷。でも導けば拍になる!」
セレナが血を符に垂らす。
マエラが貝笛を吹き、海の唄を空へ響かせた。
「空も、海も、同じ器に戻れる!」
四人の拍が祠を支え、雷を“導く道”へと変えた。
◇冠の祀り
俺は祠を開き、冠の雷を置き場に迎えた。
圧でも渇きでもなく――「戴く拍」。
祠の奥に新しい空間が生まれ、雷が鎮まり、冠は光を静かに放つだけになった。
殿の壁に刻まれた符が一斉に輝き、都市を覆う稲光が和らぐ。
外では人々の歓声が響いた。
◇天空の静けさ
街に戻ると、空はまだ灰色だったが、雷は遠ざかっていた。
長老が震える声で言う。
「冠を祀ったか……。等流師よ、天空はおぬしを認めた」
胸の祠は静かだった。
滞り、渇き、溢れ、忘却、岩、そして冠。
拍は重なり合い、巡りを形作っていた。
だが女神の声は告げる。
『次は――火。大陸の奥で燃え続ける律を祀れ』
俺は仲間を見回し、小さく頷いた。
「旅は……まだ終わらない」
遠い地平線の下、赤い光がゆらめいていた。
(つづく)
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