第23話「火口の律、燃えさかる祠」

◇赤の地平


 天空都市アストラを後にして数日。

 大地は徐々に赤みを帯び、草木はまばらになり、やがて石が割れた荒野へ変わった。

 空には常に煙のような雲がかかり、夜になっても地平の向こうは赤く光っている。


 アリアが耳を伏せ、尾を膨らませた。

「……熱い。まだ火口は見えないのに、肌が焼けそう」


 ミラは薬草袋を抱えながら、額の汗を拭った。

「水を撒いてもすぐ蒸発する……ここじゃ薬も役に立たないかも」


 セレナは石板を握りしめ、震える符を刻む。

「拍が速すぎる。火の律は常に走り続ける。止まらない」


 胸の祠がざわつく。

 滞り、渇き、溢れ、忘却、岩、冠――すべての拍を祀ってきた。

 だが火の律は、それらを燃やし尽くそうとする勢いで迫ってきた。


◇火口の村


 荒野の先に、火山の麓に建つ小さな村があった。

 家は黒曜石で組まれ、屋根には灰が降り積もっている。

 人々は布で口を覆い、地面に開いた裂け目を恐れるように避けていた。


 村長が俺たちを迎え、深く頭を下げた。

「等流師よ……火の心臓が暴れている。火口が膨れ、村は焼かれる。止める術を、誰も知らぬ」


 その時、大地が揺れ、遠くの山頂から炎の柱が立ち上った。

 灰が空を覆い、昼が夜に変わる。

 胸の祠が熱を帯び、痛むほどに燃え上がった。


◇火の神殿


 村の奥、岩壁に掘られた古い神殿があった。

 入口の扉は焼け焦げ、内部は赤い光で照らされている。

 石碑には古代文字が刻まれていた。


 セレナが読み取る。

「“火は器を求めぬ。火は舞い続ける。――止めるは滅び、巡らすは命”」


「つまり、火を閉じ込めちゃいけない」

 ミラが呟く。「止めれば爆発する……」


 俺は拳を握った。

「なら、巡らせる。――祠に置き場を作る」


◇火口の試練


 神殿の奥に、火口へと続く穴が開いていた。

 覗き込むと、煮え立つ溶岩が渦を巻いている。

 その中心に、燃え盛る「炎の冠石」が浮かんでいた。


『我は火。舞い、燃やし、還らぬ拍。

 等流師よ――お前の祠をも焼き尽くそう』


 声と共に、炎がせり上がった。


 アリアが矢を放ち、炎を裂く。

 ミラが冷却薬を撒き、熱気を和らげる。

 セレナが符を描き、火の奔流を逸らす。


 だが炎は次々に形を変え、祠を狙って迫ってきた。

 熱で皮膚が裂け、視界が白に塗り潰される。


◇四人の拍


「レオン!」

 アリアが叫び、祠に力を注ぐ。

「火は怖いけど……一緒に燃えれば怖くない!」


「火は命を繋ぐ。炎で薬を煮て、食を守る!」

 ミラが必死に声を上げる。


「燃やす拍は、破壊だけじゃない。再生を生む!」

 セレナが血を符に垂らす。


 マエラが貝笛を吹き、潮の唄を炎に重ねる。

「火も海も、輪の中で巡るはず!」


 四人の拍が祠に流れ込み、置き場を広げていく。


◇炎の祀り


 俺は胸を開き、炎を祠に迎えた。

 焼き尽くす拍を、そのまま閉じ込めるのではなく――燃え尽きても灰から芽が生えるように巡らせる。


 炎の冠石が砕け、火口の渦が静かに沈んでいった。

 山頂の炎も収まり、灰の空に星が顔を覗かせた。


◇村の安堵


 村人たちが涙を流して跪いた。

「火が……鎮まった……!」


 胸の祠は静かに燃えていた。

 滞り、渇き、溢れ、忘却、岩、冠、そして火。

 拍はさらに重なり、巡りは深く強くなった。


 その時、女神の声が降りてきた。

『等流師よ、最後の律が待つ。――“虚空の拍”。大陸の果てに口を開く闇を祀れ』


 俺は息を吐き、仲間たちを見た。

「次が……最後の試練だ」


 遠い空に、黒い亀裂が走っていた。


(つづく)

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