第4話 小馬鹿にされましたが、圧倒します

試験の参加者は、さっきの馬鹿どもを入れても十人程度とそこまで多くはなかった。


それも明らかに質が悪い。

それは強さの面ではなくて、その見てくれだ。


どこをどう見てもごろつき崩れのような連中ばかりがエントリーしている。


そして、その全員が二十代以下だろう若者だ。



四十にもなるおっさんは俺一人。


模擬戦が行われる鍛錬場に移り、戦いに関するルール説明を聞いているときには、参加者に使用人だと勘違いされて、トイレの場所を聞かれたりもした。





だが、そんなことで気落ちしたりはしない。


推しの住む屋敷の中にいる。

ノルネの立っていたかもしれない場所に今、俺は立っている!


それだけで、むしろ最高な気分でさえあった。


うっかりそれだけで満足してしまいそうになるが、今日ばかりは、それだけで終わっては絶対にならない。



ぜったいに一枠を勝ち取って見せる。


俺はほかの参加者たちが戦っているのを見ながら、そう覚悟を決めて、さっそく一戦目へと臨む。


その相手はといえば――


「まじでおっさんと当たることになるとはな。まじでウケる。余裕すぎっしょ」


さっき適当に仕事をするとかほざいていた、あの連中の片割れだった。



模擬戦のルールは単純だ。

魔法でもなんでも使って、相手を組み伏せれば勝利となる。ただし、殺傷をした場合は当人の責任となる。


単純だが、現代日本では考えられないほど、残酷なルールだ。


「殺しちゃったら悪いねぇ」


対戦相手の男はこう、へらへらと笑う。


が、今の俺に怖気づくという概念は存在しない。

そんな煽りは目を瞑りスルーして、開始線につく。



そして、審判により開始の合図がなされたすぐあとに、


「死にたくなかったらとっとと降参しろや、おっさん!!」


男は剣を高く掲げるようにして、攻撃をしかけてきた。


剣道でいうところの上段の構えだ。


たしかに攻めの剣としては悪いものじゃない。



さらには、その剣に水を渦巻くのだから、なるほどB級というのは嘘ではないのかもしれない。それなりの腕を持つのであろう。


が、しかし。

俺から見れば正直、拍子抜けだった。


なにせ隙だらけだ。

少なくとも、オレリア門番長の剣には遠く及ばない。



俺は足もとに溜めていた圧縮した魔力を一気に解き放つと、男の後ろを取る。


そして、その背後を剣の腹で思いっ切り打ち付けてやった。

もちろん、こちらにも圧縮した魔力を纏わせており、打撃の威力を高めてある。


間違いなく仕留めた。


この感覚は、門番らとの実践稽古でもあったものだから間違いない。

俺はそう思いながらも後ろを振り返れば、


「がっ……!!」


男は詰まるようにこう発するとともに、頭から床に崩れ落ちていく。


それで俺は剣をしまった。



場にはどよめきが広がっていた。

たぶん俺自身以外の誰も、ひょろがりのおっさんたる俺の勝利など予想していなかったのだろう。

審判さえも戸惑ったように旗を上げるのを躊躇している。


そんななか俺が考えていたことといえば、



「やっぱり推しのためならなんでもできるんだなぁ……」



これだ。



この一か月の特訓の成果で、『魔力圧縮』のスキルは、Level2から5に上がっていた。


本来は、こんな速さで伸びるものじゃないのだろう。


が、ゲームプレイヤーとしての感覚とオレリアによる適切な指導が、素早い上達をサポートしてくれたのかもしれない。


『魔力圧縮』は手元だけでなく、あらゆる身体の部位で使えるようになっていた。

その分、魔力の消費は多いが、そこは『魔力回復』を鍛えることで、補う。


ゲームと違い、使っていればレベルが上がるようなものでもなく、レベルには単に習熟度が反映される。


だが、根気よく練習した甲斐があって、しっかりと上げられた。



そして、肝心の体力も過酷なトレーニングの結果、少しはついてきており、それなりに戦えるようになっていたのだ。


俺は感慨に浸りながら、剣道をしていた時の癖で、開始線に戻ろうとする。


その途中で、倒れていた男から、足を掴まれていた。

ただしその手はぷるぷると震えており、とても反撃してくるような状態ではない。


「な、なにをしやがった……。俺がお前みたいな弱そうなやつに負けるわけないってのに」


男は悔し気にこうのたまう。



……こういうとき、どうしたらいいのだろうか。


『これが愛だ』とか『推し力が足りない』とか、いろんな返事が思いつくが、どれもしっくりこない。

もっとヤンキー漫画でも読んでおけばよかったのだろうか。


そう今更なうえ、どうでもいい後悔を少しして、ふと思い出した。


そういえば、あのスキルを使うならば、こういうどうしようもない相手がいいのかもしれない。


俺は男のそばにしゃがみ込むと、彼の肩に手を当てる。


「能喰い」


そして、あの明らかなチートスキルを使う。


すると、一瞬だけ黒い空気が手のひらから渦巻きだすが、それはすぐに収まった。


これでできたのか……? 俺が疑問に思っていると、


「勝者、トーラス!」


そのタイミングでやっと俺の勝利が告げられた。



試合後、俺は少し外れに出て、自分のスキル一覧を再確認してみる。

するとたしかに、一つスキルが増えている。



それがなにだったかといえば、


『・遅延魔法 LV1……一~五秒、遅れて魔法を発動させることができる』


うんまぁ、悪くはない。


が、テクニックのいるスキルだ。

あの直情的な男に使いこなせるようなスキルとは到底思えないね、うん。


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