第3話 推しに失礼な輩は許せない
それからというもの。
俺はまぁまぁしっかりトレーニングに励んだ。
このトーラスとかいうおっさん、本当に研究に没頭していたらしい。
四十路ということもあるのかもしれないが、身体は貧弱そのもの。
少し筋トレをすれば筋肉痛、ランニングをしたら速攻で息が切れて、肺からはぜえぜえと、聞いたことがないような音がする。
加えて、武器の一つ持ち合わせていなかったから、俺はさしあたって剣を購入する。
中学生のときには、剣道部に属していたし、一応は段も持っていた。
それに、試験が一対一なら、他の武器より戦いやすそうというのが剣を選んだ理由だ。
そうして俺は、剣技と魔法とを組み合わせる練習を始める。
持久力がないのならば、魔法剣技で短時間で決めるしかない。
ゲームでもそういう短期決戦タイプのキャラを使うことはよくあったし、それならば勝機はある。
そう考えてのことだ。
さすがに魔法を使用する感覚ばかりは、ゲームと現実とで大きく違う。
だから、すり合わせをしておきたかったのだ。
俺が屋敷の庭で剣を振る様子に、
「ト、トーラス様がトレーニング!?」
「明日は雹(ひょう)が振るかも……」
などと、メイドに噂話をされていたが、知ったことじゃない。
雹が振ろうが、槍が振ろうが、推しのためならば、なんだって成し遂げられる。
そんな気がしていた。
それに、俺にはすでに実績がある。
かつてノルネのグッズが発売されたときの話だ。
俺は決算によるデスマーチで毎日深夜残業していたにもかかわらず二徹を決め、しっかりすべてを終わらせて有給をもぎ取ったことがあるのだ。
上司に「な、なんなんだ、君は……。化け物か?」と言われたから、にっこり満面の笑みで「ノルネ教徒です」と答えたら、怪しい新興宗教の信者扱いされて、毎週金曜日は早く帰してくれるようになったのは、実にクソみたいな思い出だ。
が、推しのためならば不可能はないことだけはすでに証明済みなのだ。
そしてそのためなら、なんだってできる。
「すまないが、稽古に付き合ってくれるか」
「ト、トーラス様が稽古……?」
「あぁ、急で申し訳ないが、どうか頼みたい。どうしても為さなければならないことがあるんだ!」
俺は門番の男たちに、エレヴァン家の警備になるための試験を受けることも伝えて、こう頼み込む。
彼らは彼らでかなり戸惑った様子だった。
たぶん俺が三か月後にはここを追い出されることを知っていたこともあるのだろう。
「しかし、そんな一か月程度じゃあ……」
ほとんどの人間がこう難色を示していたが、ほかならぬノルネ推し活のためだ。
簡単には引かず、俺は必死に訴える。どうにか工面して、お金もきちんと払うと付け加える。
それでも受けない者が多かったのだけれど、そんな俺の真剣さに折れてくれたのかもしれない。
「ならば、私でよければお教えいたしましょう」
もっとも年長の門番、オレリア・オレン(年齢としては、五十後半だろう)が引き受けてくれて、その日から、剣での戦闘の基本や、魔力の効率的な練り方などを親身になって教えてくれた。
体力的にはかなり、きついものがあった。
オレリアは年齢こそ還暦に近いが、筋トレガチ勢だった。
さらには何年も警備を務めてきただけあって、その体力は尋常じゃない。
「まだトレーニングは序盤でございますよ、トーラス様」
「あぁ、分かっている。なんでもこい!」
なんの鍛錬もしていない四十路のおっさんがやるには、あまりにもハードで、何度も置いていかれそうになる。
へろへろになりながら剣を振り、ランニングをこなして、逆立ちで腕立てをする。
もちろん、実践稽古だってつけてもらった。
「遠慮なく」と言ったら、まじでぼこぼこにされて、身体中あざだらけになった。
が、それでも、「ノルネのため、いや、ノルネ様のため!」と一人お経のように唱えつつ、その鍛錬に俺は必死に食らいついて、最後まで振り落とされることはなかった。
――そうして一か月後。
俺はついに採用試験の当日を迎えていた。
♢
前日はしっかりと休んで、準備は万端だった。
俺は集合時間の定刻少し前に、試験の会場であるエレヴァン家へと向かう。
推しの住む屋敷の敷地内に入る。
さすがに緊張しすぎる一瞬だった。というか、半径百メートル以内に存在することが恐れ多い。
それで俺がそわそわしていたら、
「はんっ、あんな見るからに弱そうなおっさんも出んのかよ」
「俺かお前か、どっちかの採用は決まりだな。元B級冒険者の実力で叩きのめしてやろうぜ」
他の参加者らしい若者連中に、背後から鼻で笑われることとなった。
……いや、まぁ反論することもできないんだよなぁ、正直。
多少の特訓こそしたが、せいぜい一か月。
ひょろひょろが、『ややひょろ』に進化したくらいだ。
しかも、その男二人は筋骨隆々でしかも髪を逆立てている。この手の気性の荒い連中は大嫌いなのだ。
今日がもし試験でなければ、速攻で距離を取って、逃げ去っている。
とりあえずはもう無視をしよう。
そして、できれば本番で当たらないことを祈ろう。
そう思っていたのだけれど……
「まぁ、いわくつきのお嬢様とかなんとか言われてるけど、金が簡単に手に入るならなんでもいいよな」
「とっとと受かって、適当に働きてぇ」
この言葉だけは聞き捨てならなかった。
俺の推しが金を払って雇おうというのに、適当に働こうだ?
ふざけた発言にもほどがある。
「おい」
俺はうっかりと、その男どもに声をかける。
そして目いっぱいに眼をくれてやり、そして宣言をする。
「お前たちだけは絶対に通させない」
これに対して、男どもは「ぷはっ、無理に決まってんだろ」「おもしれーおっさんだわ」などと、ケラケラ大爆笑をする。
が、俺は自分の勝利さえ確信していた。
この一か月の特訓こそがその自信の裏付け……ではない。
推しのためならば、不可能などないのだ。
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たかた
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