第2話 家を勘当されましたが、推しが護衛を募集しているので渡りに船
しがないおっさんの俺が転生してきた、この知らないおっさん。
部屋の中にあった資料(なんか普通に日本語で読めた)などから探るに、その名前はどうやら、トーラス・グレインというらしい。
グレイン家は王都で政務に携わる伯爵貴族のようで、それなりの地位があるようだった。
もしかするとトーラスにも、国が揺らぐような重たい責務が課されていたりして……
と俺はヒヤヒヤしていたのだが、そんな時にメイドがやってきて、両親から呼び出しがかかった。
メイドってまじでいるんだ……。ノルネが着たら、可愛いだろうなぁあの服。
などと考えながら、部屋に入る。
そこで両親らしい爺さんと婆さんの視線に晒されて、やっと妄想から我に返った。
そういえばこのおっさん、どういう人間なんだ……?
今のところ、なんかやばいスキルをとってることと名前しか分かってない。
口調とか態度とかは、一切不明だ。
俺は社会人としての癖で、とりあえず頭を下げる。
そこへため息とともに告げられたのは、
「お前をこのグレイン家から除名処分とする。期限は一ヶ月後だ」
という、まさかの通告だった。
トーラスの両親はなおも話を続ける。
まとめるに、どうやらこのおっさん、トーラスはろくに仕事もせず、意味もなく怪しい魔法の研究に時間を費やすばかり。
これまでは貴族の面子を保つため面倒を見てきたが、トーラスの弟に家督を譲る段になって、それをついに諦めることにしたらしい。
このチートすぎるスキル『能喰い』はその研究の賜物か……?
とは思えど、なにせ知らんおっさんの話だ。
反論できる材料も持ち合わせない俺は、一方的に通達を受けて、部屋を出される。
「三ヶ月後にはお前の居場所はないぞ。いいな? 出立の準備をしておけ」
その最後にこう付け加えられた。
……どうも勘当されてしまったようだった。
俺は前世、一人暮らしをしており、生活も自立していた。
手当もない『チームリーダー』という謎の役職もつけられて、残業時間は毎月三桁に迫るほど働いた。
だというのに転生先が無職のこどおじって、これいかに。
俺は己に下された運命にため息をつきつつ、気分転換のため、ふらふらと屋敷を出る。
そのまま足を向けるのは、ゲームで買い物などもした大通りだ。
本当は、推しであるノルネのいるエレヴァン家の屋敷の場所だって知っているし、尋ねたい。
だが、推しとファン(一部ではノルネ教徒などと呼ばれてもいた)の間には一線が必要だというのが俺の考えだ。
別に認知されなくてもいい。
ただそこにいるというだけで、教徒たる俺には十分なエネルギーになる。
だから、ここはこの熱い思いは押し殺して、とりあえずなにか買い食いでもしよう。
そんなふうに思って、とくに腹も減っていないのに王都の屋台を見回っていたその時だ。
俺の目に飛び込んできたのは、通行人の一人が握っていた一枚の紙だった。
すれ違うほんの一瞬、でもたしかに俺はその文字列を認識した。
なにせそこには、『エレヴァン家、ノルネ嬢邸宅の警備員募集』なる文字が踊っていたからだ。
「あの、それ見せてもらってもいいですか」
普段は知らない人に声をかけるような俺じゃない。むしろ知り合いとすれ違っても、知らないふりをすることさえある。
が、推しのこととなったら話は別だ。
わざわざ後ろから追いかけて、声をかけた。
「え、あ、あぁ……。なんならやるよ。押し付けられただけだし」
少し引かれてはしまったが、無事に俺はチラシを手に入れる。
どうやら数日前に欠員が出たようで、一名の募集をかけているようだった。
その採用試験を実施するとのことで、開催日時は一か月後。
勝ち抜き形式の模擬戦を行い、勝ち抜いた者と面接の上、採用を決めるそうだ。
採用された際の報酬は、ゲーム内の通貨で月50万エール。
ほとんど円と同じレートだから、かなりの額だ。
が、そんなことは俺にとってはどうでもいい要素である。
「やるしかねぇだろ、こんなの……!!」
実家からの追放処分が下っている今、これぞまさに渡りに船だった。
仕事をして生計を立てながら、推しを守る。
そんな最高の推し活ができるのなら、大抵のものは投げ出せる。
このおっさん、トーラス・グレインが熱心にしていたらしい研究だとかは俺にとってはどうでもいい。
こうなったら、とりあえずこの一か月は特訓だ。
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