第5話 数十年ぶりの面接なので、推しへの本気をアピールします
♢
その後の模擬戦も、俺は順当に勝ち上がった。
というか、一人目のやられようを見て、棄権をするものも現れる。
最後に当たるはずだった俺を罵ってきたもう一人の片割れも、
「や、やめておいてやるよ! そ、そこまで、この仕事に興味ねぇからよ」
との情けない捨て台詞を残して、試験自体を放棄する。
これにより思わぬ形で不戦勝が決まった。
こちらとしては、なんとなく拍子抜けな気もしたが、戦わずして勝てるのなら、それほどありがたいことはない。
そもそも俺は荒事は嫌いなのだ。
もともと事務職だし、どちらかといえば、頭を使ったり、人と接する仕事の方が向いている。
まぁだからといって、面接は万全かといえば、全然違うのだが。
「……模擬戦のことばっかり考えて、まったく対策してなかったなぁそういえば」
ブラック勤め、転職歴なし。
最後に面接したのは、およそ二十年前の学生時代。
クソ会社しか受からず、本当に志望していた会社は筆記は通っても面接で軒並み落ちてきたのが、俺だ。
一度、趣味を聞かれて、つい本音で「アイドル育成ゲームです」と答えて落ちたこともある。
「……落ち着こう、落ち着こう。とりあえず扉三回叩いて、『失礼します』って言って……」
待合室で一人、俺は当たり前のことを再確認する。
そうしているとついにお呼びがかかった。
俺は面接の行われる部屋の前で、一つ息を吐く。
そこへきて、もしやと思い当たった。
……この扉の先に、推しが、ノルネがいる可能性があるんじゃないか、これ。
ありえなくもない。
会社の面接でも最終面接には、取締役や社長クラスが出てくることはよくある。
警護を務める人材を見定めるため、ノルネ嬢本人が出てきてもおかしくはない。
そう理解した瞬間、とんでもない緊張感に襲われて、全身が硬直する。
さっきまでの面接のマナーおさらいは、すべて無に帰されていた。
俺は真っ白な頭と、非常にぎこちない動きで、扉を叩き、中へと入る。
が、しかし。
そこにいたのは、まじめそうな顔をした男一人だけだ。
どっと肩から力が抜けていく。
おかげで冷静さを取り戻して、俺は席につく。
「模擬戦はなかなか素晴らしい結果でしたね。まさかあそこまで圧倒的とは思いませんでしたよ」
と、社交辞令的に褒められたあとにまず出てきた質問は、名前や出身地などの素性を問うもの。
俺はそれらに素直に答えていく。
「なるほど……。貴族家の方がわざわざ……」
「えぇ、その、外で働くことも必要かと考えまして」
引きこもっていたこと、家を追い出されようとしていることを誤魔化しながら、俺は「このままではまずい」と感じる。
なんとなくだが、面接官が素っ気ない気がするのだ。
これは、二十年経ったいまでもはっきりと覚えている。
手応えがない、落ちる時の面接のそれだ。
最初から興味はないが、筆記はクリアしてるし、一応話だけ聞いておくか……みたいな。
誰にとっても得にならないアレである。
どうにか挽回できる場所はないか。
俺は繰り出される当たり障りない質問に答えていきながらその機会を待つ。
そしてついに、それはやってきた。
「えーっと、あ、じゃあ一応、今回志望した理由を教えてもらえますか」
そりゃあもちろん、推しのためだ。
だが、そんなことを正直に答えたら、気持ち悪がられて絶対に落ちる。
かといってお金が目当てというわけでもないことは伝えておきたい。
並々ならぬモチベーションを持って、今回応募したことだけはアピールできる。
「報酬が目的ではありません。警護という仕事には昔から憧れがあったので……」
結果として俺は、いろいろな感情を抑え込んで、こんな当たり障りのないことを言う。
それに対して面接官が一瞬怪訝な顔をするから、俺の中で焦りが増幅していく。
さすがに、無難すぎたか?
印象に残らず切られていくパターンか?
二十年越しにそれを繰り返すことだけは、もうあってはならない。
「もう報酬はゼロにしてもらっても構いません! いや、なんなら実家から盗み出してでも、こちらからお金払います。だから、どうか俺に、ノルネ様をお守りさせてください!!」
そして、口走ってしまった内容がこれだ。
……言い切ったそばから、終わったと思ったね、うん。
普通に考えて、異常だ。
明らかに面接官はきょとんとしていた。
口をぽかんと開けて、何度か目を瞬いたのち、
「あー、えっと。熱意は分かりました。報酬は払いますので」
冷静な言葉が返ってくる。
終わった……。
完全に落ちた。
俺はそう思って、絶望していたのだけれど――
「それで、いつから来れますか?」
「え」
「人手が足りておりませんので、できるだけ早く来ていただけると助かるのですが」
どうやら、通過したと見てよさそうだった。
もしかすると、単に出自などの確認をするための面接で、やる気などを求められていたわけではなかったのかもしれない。
これで推しに尽くせる。
俺は湧き起こってくる激情のようなものをどうにか押さえ込む。
「当然、今日からです!!」
そして、こう答えたのだった。
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