レイクランド

 大森林の夜の闇は深い。風は木々に遮られ、獣の鳴き声も聞こえない。静かだ。レイはたき火を眺めていた顔を上げる。三人は寝ている。鏡浩一、サトル、アリサ。この三人と旅して、もうどれくらい経つのだろうか。対戦車ライフルの徹甲弾は残り五十三発。探し求めているものはまだ見えない。


 たき火の炎が小さくなった。あたりが暗くなる。サトルがもぞもぞと動いた。レイは焚き木を追加する。サトルが起きあがった。

「レイ?」

「おはよう」

「冗談……」

 サトルは手を伸ばして背後のバックパックを探る。ガチャガチャと音が鳴る。レイは唇に指をあてる。

「静かに」

「わかってるよ」

 サトルはバックパックからカップを取り出した。水筒を引き寄せて水を汲む。

「レイも飲む?」

「わたしはいらない」

「そう……」

 サトルはカップを持って立ち上がり、レイの横に腰を下ろした。

「明日はレイクランドだね」

 サトルがむすっと言った。レイは訊く。

「そうですね。気に入らない?」

「市長の招待というのが気に入らない」

「鏡さんの判断には間違いがない」

「そうだけど……稼ぎにならないよ。狂った重機はいないらしいし」

「でも興味はあるでしょう?」

 レイはサトルの表情を覗き込む。サトルは無言でたき火を眺めている。レイは視線を正面に戻して言う。

「狂った重機のいない世界。わたしは見てみたいな」

 炎が揺らめく。焚き木がぱちっとはぜた。サトルが口を開く。

「レイは……レイは浩一が好き?」

「好きですよ」

「そういう意味じゃなくて……」

「男同士でって、こと?」

 サトルは答えない。レイは髪を長く伸ばして後ろで束ねている。顔立ちは女性的で体毛は薄く、髭もない。わたしは、とレイは思った。わたしはメンテナンスフリーに作られている。

「レイ……」

「うん?」

「街には興味があるよ。でも住んでみたいとは思わない。おやすみ」

 サトルはそう言って立ち上がり、カップをしまうとまた毛布にもぐり込んだ。

 辺りは静かになった。たき火の炎がレイの頬を照らす。レイは思った。こんな少年が、平和な暮らしを夢見ずに生きている。それがこの世界。そしてこの世界の運命を、わたしは左右しようとしている。

 レイが暗闇に目を凝らすと、そこで下草がざわざわと鳴った。風が出てきたようだ。

 明日はレイクランド。そこで何かが待っている。


 *


 車列は舗装された峠道を走っていた。レイのオフロード車を先頭に装甲車が続く。レイの助手席ではアリサが地図を見ながら案内役を務めていた。

「この山を越えたら大きな湖が見えるわ。そこがレイクランド。峠を下りたら行政区に出るはず」

「了解」

 ハンドルを握りながらレイは答えた。つづら折になった上り坂が続く。よく整備されている。こんな道を走るのは久しぶりだ。地図から顔を上げたアリサが訊いてくる。

「ねえ?」

「何?」

「レイは浩一が好き?」

「サトルにも同じこと訊かれた」

「えーっ、あいつ……」

 アリサはむくれる。そしてまた訊いてきた。

「レイはサトルのことをどう思ってるの?」

「可愛い男の子」

 レイは答えてハンドルを回す。

「怒られるかな?」

「あははは!」

 アリサが笑う。安堵した笑い。車列は峠の頂きにさしかかる。下りに入った途端、視界が開けた。眼下に広大な水面が広がる。

「あれよ! レイクランド!」

 アリサが指差す。

「高層ビルが見えるでしょう? あれが市庁舎。目的地!」

 広い水面とその湖畔にそびえる一棟の高層ビル。湖のまわりには住宅地が貼りつくように点在している。ここがレイクランドだ。


 峠道を降りた車列は市街地に入った。検問も何もない。今まで訪れてきた町とは全く違う。高層ビルが眼前に見えてきた。市庁舎だ。駐車場に入る。閑散としている。市庁舎の入り口近くに停める。玄関から人が出てきた。黒いスーツを着ている。男だ。レイはエンジンを切らずにドアを開けた。車の外に出る。装甲車からも鏡が出てきた。レイと並ぶ。男がやってきて言った。

「岸井です。市長の警護をしています。よろしく」

 男が手を差し出す。

「鏡です。お招き頂きありがとうございます」

 鏡が男の手を握る。レイは後ろを振り返り、手を振って合図する。車と装甲車のエンジンが止まる。アリサとサトルが降りて来た。アリサがレイにキーを渡す。

「はい」

「ありがとう」

 四人は岸井に案内されて市庁舎に入った。ロビーを抜けてエレベーターに乗り込む。誰にも出会わない。静かだ。エレベーターが上昇していく。止まる。ドアが開く。エレベーターを出るとすぐに大きなドアがあった。市長室だ。岸井がドアを開く。

「どうぞ」

 四人は足を踏み入れる。入った正面、部屋の湖側は全て窓。そこに広がる広大な水面を背景に、この街の市長が立っていた。

「市長の黒田です。ようこそお越し下さいました」

「鏡です」

 鏡は名乗ってから隣のサトルを見た。

「サトルです」

 むすっとサトルが名乗る。

「アリサ」

「水神レイです」

「お座り下さい」

 黒田が手の平で四人の前のソファーを示した。四人は左から鏡、サトル、アリサ、レイの順に座る。四人が座るのを待ってから黒田もテーブルを挟んで座った。

「お噂はかねがね耳にしておりました。ぜひ一度お会いしたいと思っていたのです。狂った重機を一撃で仕留める、腕利きの賞金稼ぎに」

「お招き頂き感謝いたします」

 鏡が答えると黒田は続ける。

「まあ、あまりお話しすることはないのです。まずはこの街を」と両手を広げる「レイクランドをご覧になって頂きます。そうすれば」にやりと笑う「そちらから言うことも出てくると思いますので」そして岸井を呼ぶ「岸井君、ご一行にレイクランドを案内してくれたまえ」

「はい」

 背後で岸井の声。

「こちらへ」

 岸井がドアを開ける。四人は立ち上がった。岸井の案内で市長室を出た。


 *


 四人は岸井の用意した車に乗り込んだ。助手席に鏡。後部座席にはサトルとレイとアリサ。レイはサトルとアリサに挟まれるように座った。車が発進するなりアリサが言った。

「あの市長感じ悪い。座らせたと思ったらすぐに話し終わるし」

 サトルが言う。

「この街を早く自慢したくて仕方ないのさ」

 運転している岸井にも聞こえているはずだが彼は何も言わない。車の走行音に耳を傾けてレイは言った。

「静かですね、この車」

「電気自動車です」

 岸井が答える。

「レイクランドの車は、ほとんどが電気自動車です」

 鏡が訊く。

「ほう? 電力はどこから?」

「湖底に発電所があるんです。市長の一族が管理しています」

「なるほど。市長は世襲かな?」

「そうです」

「感じ悪いわね」

 アリサが呟く。岸井がそれを無視して言う。

「ここは行政区です。大学と高校、総合病院もあります」

 ゆっくりと車は進む。道の両側には立派なビルが立ち並ぶ。

「この街では医療、子育て、教育は無料です。それを聞きつけて移住してきた方々もいます。著名な研究者、教育者、医師、技術者」

 鏡が言う。

「電力が無尽蔵に供給されるのであれば、それも有り得る」

「その通りです。湖底の発電所からは、街の維持に十分過ぎるほどの電力が供給されています。それあっての、この街です」

「核動力かな?」

「そう聞いています」

「危ういな」

「危ういです」

「少し違う」

 岸井のおうむ返しを聞いて鏡は言った。そこから先は口にしなかった。

「もう少しすると行政区を抜けます。これから湖を時計回りにまわります」

 車はビルの立ち並ぶ市街地を抜けた。湖の周りを走る道路に入った。


 車は湖周道路を走っている。湖畔に点在する住宅地を結びつけるように道路は続く。岸井が説明を続ける。

「この地域は古い山塊で地盤が強固です。それに気候も安定しているので湖岸に住宅を建てても問題はないのです」

 レイは訊く。

「さっきからどの家でも庭で親子が遊んでいるけど仕事や学校はお休み?」

「休日になりました。みなさんがいらっしゃるので」

「知らない間に随分と出世していたようだ」

 鏡が皮肉る。レイは思った。この街には何かが足りない。


 湖を四分の一周ほどしたところで昼食を摂ることになった。洒落たカフェテリアに落ち着くと岸井が申し訳なさそうに口を開いた。

「実はみなさんの血液を採取させて頂きたいのです。すぐに済みます。指先に小さな針を刺すだけです。痛みもありません。それからお食事にさせて下さい」

「えー痛いのヤダ」

 アリサが駄々をこねる。サトルが言う。

「痛くないって言ってるじゃん」

 レイは鏡を見た。鏡が言う。

「それが終わらないと食事ができないらしい」

 岸井が頭を下げる。

「申し訳ありません」

 レイは溜息をつく。

「仕方ないですね」

 採血はすぐに済んだ。そして昼食。パスタとサラダ、それにスープが運ばれてきた。小一時間ほどかけてそれを空にした一行は湖の一周を再開した。


 湖を四分の三周ほどしたとき、車が湖周道路を外れた。湖岸から離れてゆく。レイは訊いた。

「どこに行くんですか?」

 岸井が答える

「レイクランドの農業地域です。街の全面積の六割を占めています。今からこの街のほんとうの姿をお目にかけます」

 陽が傾きだしていた。検問所にさしかかる。小銃を手にした警備員の姿が見える。岸井が運転席の窓を開けて身分証のようなものを提示する。それを確認した警備員が敬礼した。ゲートが開く。検問所を越えるとすぐに舗装道路は終わった。砂利道が続く。その両側には視界の続く限り農地が広がっていた。


 *


 検問所を抜けてから三〇分ほど進んで岸井は車を停めた。一軒の農家の前だった。四人に降りるように促す。車から降りたレイたちは岸井に案内されて農家に足を踏み入れた。土間で岸井が言う。

「今晩はここに宿泊していただきます」

「えーっ」驚いてアリサが訊く「あたしたちの車は?」

「大丈夫です。警備が見張っています」

 土間の奥から二人の人影が出てきた。ともに七十代くらいの老人と老婦人だった。老婦人が言った。

「ようこそ」

 岸井が紹介する。

「両親です」

 鏡が頭を下げる。

「お世話になります」

 四人は畳敷きの部屋に通された。老人がテーブルの上座に座る。さっきからずっと無言だ。四人は老人の左手に座り、岸井は右手に座った。

「別室にお食事の用意をしますね。できたらお呼びします」

 老婦人がそう告げて部屋を出てゆく。老人が口を開いた。

「酒でも飲むか?」

「食事のあとでいいよ」岸井が答える。そして鏡たちの方を向いて言う「父はわたしと同じ警備部にいたんです。わたしは父にあこがれて同じ職に就きました」

 岸井がそこまで言った時、老人が不機嫌そうに言った。

「その話しはわしがいないところでやってくれ」

 岸井が溜息をつく。気まずい沈黙の中で待っていると老婦人がやってきた。

「お食事の用意ができました。こちらへどうぞ」


 食事は米と芋と豆が中心だった。美味しかったとレイは思った。昼食に食べたパスタなんかよりもずっと。自分の口にはあっていたが、他の三人にはどうだったろうか。サトルもアリサもがっついていたからきっと美味しく食べたのだろう。鏡はわからないけど。

 食事が済むと入浴を勧められた。大きな木の湯船にたっぷりとお湯の張られたお風呂だった。レイたちにとっては久しぶりにゆっくりとした入浴。四人の着替えには浴衣が用意されていた。レイが左前に帯を結ぶと老婦人に逆ですよと柔らかにたしなめられた。サトルとアリサは疲れていたらしい。すぐに寝てしまった。無理もない。一日中、車の後部座席に窮屈におさまっていたのだから。

 レイと鏡はサトルとアリサが寝ている部屋を出た。縁側で休んでいると、岸井が一升瓶とぐい飲みを持ってやってきた。

「酒でも飲みますか?」

「いただこう」

 岸井はレイと鏡にぐい飲みを手渡すと酒を注いだ。それから自分のぐい飲みにも注ぐ。そして語り始めた。

「父は仕事に誇りを持っていました。子どもだったわたしにとっても、そんな父は誇りでした」

 話しを止め、ぐい飲みに口を付ける。そしてまた話しを続ける。

「レイクランドでは五十を過ぎたらこの地域に強制移住させられます。移住した者たちはここで農業を営み、レイクランドを支える」

 レイは訊く。

「強制移住?」

 岸井は頷く。

「そうです」

「それで湖岸の住宅地にお年寄りの姿が見えなかったんですね」

 鏡が訊く。

「嫌がる人もいるだろう?」

「います。わたしの父がそうでした。五十ですよ? まだ働ける。そう考えて当たり前です」

「しかし六十過ぎてからの農業はつらい。どうせやるなら早い方がいい」

 レイは再び訊く。

「全ての職種が強制移住の対象なんですか?」

「いいえ。教師、医師、熟練技術者、研究者、それに政治家は対象外です」

「なるほど」

 鏡が頷く。そこで電子音が鳴った。岸井が浴衣のたもとから携帯を取り出す。画面を確かめる。

「部下からです。ちょっと外します」

 岸井は部屋を出て行った。レイは鏡に訊く。

「なんでしょう?」

「なんだろうな」

 しばらくして岸井は戻ってきた。

「市長が水神さんと話したいと言っています。明日、朝一です。申し訳ないですがこれでお開きです」

 岸井はそう言うとさっさと酒とぐい飲みを片付けた。部屋を出て行く。レイは鏡と顔を見合わせる。

「寝るか」

「そうですね」

 二人は寝床についた。レイは寝つけなかった。岸井の慌てぶりが気にかかった。


 *


 翌朝、レイたちは市庁舎に戻ってきた。岸井はレイたちの装甲車の横に車を停めた。そこに男が一人待っていた。岸井が紹介する。

「部下の辻本です」

 紹介された男が頭を下げる。

「鏡さんとサトルさん、アリサさんはここでお待ちください。辻本が一緒にいます。わたしと辻本は無線機を持っていますので何かあったら連絡できます」

 レイは気付いていた。岸井のスーツの左胸が膨らんでいる。拳銃を携帯しているのだ。そして部下の辻本も。きっと鏡も気付いているのだろう。鏡が言った。

「レイが戻ってきたらこの街を出ます」

「わかりました」

 岸井は答え、レイに向き直る。

「それでは水神さん、市長室までご一緒します」

 レイと岸井は歩き出した。市庁舎の玄関へ向かう。

「待って!」

 アリサが呼び止める。

「車のキーを!」

 レイは振り返る。ポケットを探ってオフロード車のキーを取り出す。アリサに向かって投げる。

「アリサ、よろしくね」

「まかせて!」

 レイは岸井に付き添われて市庁舎に入った。


 最上階の市長室には黒田市長一人が待っていた。岸井はドアのそばに立っている。レイと黒田は立ったまま対峙した。窓の外、広大な湖の水面を背景にして黒田は言った。

「昨日はどうでしたか? ここは素晴らしい街でしょう?」

 レイは何も答えず、黒田の次の言葉を待った。黒田は続ける。

「子育て、教育、医療は無料。多くの方々が、この街にあこがれてやってきます。無尽蔵の電力、水道も無料です」

「その代り、五十を過ぎたら強制的に農業をやらされる?」

 レイは問うた。しかし黒田はそれを無視した。

「かつて、この世界の人口は七十億もありました。それが今は十億に達しない。人類は滅亡の危機に瀕している。生物種の個体数が減ると何が問題になるか、ご存じですか?」

 黒田は訊いてきた。しかしレイと問答をする気などないらしい。すぐに続ける。

「遺伝的な多様性です。それを守らねば、いずれその種は滅びます。では、その遺伝的多様性をどうやって守るのか? 常に新しい遺伝子を個体群に補充し、個体群の遺伝的多様性をリフレッシュしてゆく。もっと進んで個体群の中での繁殖を制御し、最適な繁殖を行えるように人工的に操作する。繁殖能力の劣化した個体は、個体群から排除する」

「強制的に農業地域に移住させる?」

「断種してね」

「働けなくなったら? 障害者は?」

「安楽死させます」

「狂ってる」

「狂ってなどいません。制御された社会。人類の生存には、それが必要なのです。そしてもう一つ必要なもの。それは優れた遺伝子」

 黒田がレイの目を真っ直ぐに見た。

「あなたの遺伝子は素晴らしい」

「昨日採った血液を調べたんですね?」

「そうです。あなたにはぜひこの街にとどまって欲しい」

「嫌だと言ったら?」

「遺伝子を手に入れるのに、あなたが生きている必要はありません」

 はっと気配に気づいてレイは振り返る。岸井が拳銃を構えていた。だがその銃口は黒田に向けられていた。

「岸井?」

「市長、もうこんなことは終わりにしましょう」

「なんだと!」

 その時、机の電話が鳴った。岸井が言う。

「出てください」

 黒田は苦虫を噛潰した様な表情で電話に出た。そしてその表情が驚愕に変わる。

「反乱だと! 警備部に鎮圧させろ!」

「クーデターです」

 岸井がゆっくりと言う。

「できれば無血にしたい。我々警備部は、あなたには従わない」

 黒田が受話器を置いた。

「何をしているのかわかっているのか?」

「わかっています」

「いや! わかってなどいるものか!」

 その時、床が微かに揺れた。全ての照明が瞬いて消える。ドアの上だけが再点灯した。停電だ。非常電源に切り替わったのだ。黒田が窓の外、湖を振り返った。

「おわりだ……」

 湖面が変化していた。巨大な何かが、そこから現れようとしていた。


 *


 市庁舎前方の湖面に巨大な物体が浮上していた。全長は三〇〇メートルもあるだろうか。中心の球体とそれに従う幾本もの触手。と、触手の一本がこちらに向かって激しく動いた。レイは素早く計算する。あの物体までの距離はおよそ八〇〇メートル。この部屋の高さは一〇〇メートルほど。弾体の速度が時速三〇〇キロメートルだとしたら十秒かからずに着弾する。レイはカウントする。……五、六、七、八……

「伏せて!」

 レイは叫んだ。そして床に伏せる。その直後、すさまじい轟音がして床が激しく動いた。強化ガラスの砕け散る音。レイはすばやく身を起こす。市長室のガラスが全て砕け散っていた。室内には一メートルもある岩塊が転がっている。岸井も身を起こしていた。黒田は這いつくばっている。

「おわりだ……」

 黒田がうめく。市長室のドアが開いた。鏡、サトル、アリサ、辻本がいた。駆け寄ってくる。サトルは対戦車ライフル、アリサは弾倉を持っている。レイが訊く。

「ずいぶん用意がいいんですね?」

 サトルが答える。

「浩一の判断はいつも間違いないからね」

 アリサが訊いてくる。

「怪我はない?」

「わたしはね」

 鏡が言った。

「仕事だ」

 その言葉を耳にした黒田が立ち上がる。湖面を指さし、レイたちに向かって言う。

「あれが何かわかっているのか? 発電プラントだぞ? あれが破壊されたらこの街は本当におわる。止めてくれ」

「いえ、破壊してください」

 岸井が決然と言った。その言葉を聞いて黒田が激怒した。

「貴様! わたしたち一族は守ってきたんだ! この街を! あの制御知性と契約して!」

 鏡が言う。

「悪魔との契約か。制御知性の指示通りに街を作り、政治を行い、命を操作してきた」

 レイは鏡に訊く。

「立ち聞きしてたんですね?」

「すまないね。辻本君が是非にというもので」

「ああ、無線機!」

 岸井が言う。

「ずっとオンにしてました」

 黒田が叫ぶ。

「だから! あいつに聞かれたんだ! お前らがクーデターを起こしたことを! だからあいつは狂った!」

 鏡が言う。

「違うな。狂っていたのは最初からさ」

「破壊しましょう」

 レイは言った。その時、黒田が飛びかかってきた。銃声。岸井が黒田の足下に向けて発砲したのだ。

「動かないでください」

 黒田はへなへなとその場に座り込む。レイはサトルとアリサからライフルと弾倉を受け取る。砕け散った窓際にいく。球体はもうすぐそこまで迫っていた。動きが早い。じきに上陸するだろう。鏡が訊いてきた。

「狙えそうか?」

「反動の吸収が難しい」

 レイは片膝をつく。その姿勢のまま身を屈め、銃身を窓枠に添わせる。鏡がレイの後ろに腰を下ろした。レイの肩を支える。

「これでいけそうか?」

「ひっくり返ったら巻き込まれますよ。頭を下げて」

「わかった」

 レイは電子スコープを覗き込む。照準が自動で調整される。球体の中央に位置するコックピットを狙う。

「撃ちます」

 レイは引き金を引き絞った。高速の徹甲弾が飛翔する。コックピットの装甲に命中。球体と触手は動きを止める。

「やったあ!」

 アリサが小躍りした。サトルが言う。

「でも終わってないよ」

 岸井が言った。

「確かに終わってない。これからだ」


 四人はレイクランドをあとにした。レイはやり切れない思いを抱えていた。電力源を失ったあの街がこれからどうなるのか。ほんとうにわたしのやったことは、これでよかったのか。そう、その思いはいつも抱いている。ずっとやり切れぬ思いとともに、レイは旅してきた。これまでも。そして、これからも。ずっと、ずっと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る