ロックオン

 レイを乗せた戦闘機、F-77は高度一万メートルを超音速で巡航していた。眼下に広がる世界の半分は海。もう半分の陸地には廃墟となった街が点在している。

「減速する」

 前席の鏡が言った。エンジンが絞られ、次いで機首が上がる。機体はロールしながら減速してゆく。レイは複合ディスプレイを見つめていた。速度が音速を切る。機体が水平になった。

「そろそろくるぞ」

「了解」

 ディスプレイに輝点。レイは即座に読み上げる。

「敵機三! 〇時の方向。距離六万。同高度で接近中。相対速度マッハ一・八」

 ヘルメットに警告音。

「ロックオンされました。エンゲージ」

「打ち合わせ通りにやる。ドロップタンク投下。マスターアームオン。ECM開始」

「了解。ECM開始」

 今から二週間ほど前、レイたちは廃墟の中の航空基地にたどり着いていた。レイはそこで、この戦闘機の扱いを鏡から学んだのだった。


 *


「鏡さんは軍人さんみたいですね」

 たき火の前に腰を下ろしてレイは言った。レイの隣では鏡が焚き木をくべている。サトルとアリサは装甲車で装備品の点検中だ。日の暮れた都市の廃墟でレイたち四人は野営していた。

「軍人を見たことがあるのか?」

 両手をはたいて鏡が訊いてきた。レイは口ごもる。

「今から二十年以上前、世界中の制御知性が狂った時、どの国にも立派な軍隊があった。それが今はない。どうしてかわかるか?」

「いえ……」

「軍は小銃にまで制御知性を組み込んでいた」

「兵器が全て使えなくなった?」

「まず指揮命令系統が使えなくなった。個別に戦おうにも銃からは弾が出ない。その当時、制御知性と戦ったのは地域紛争の主役だった武装組織や民兵だ。その武装組織も壊滅した。補給が途絶えて戦えなくなった。それで終わり。もう組織的に制御知性に刃向うものはいない。混乱が収まり、武器の製造が再開されても。そして制御知性を組み込まれた重機は、今も自動工場で作り続けられている。どうしようもない。だからこそ俺たちの食いぶちになっているわけだ」

「詳しいんですね」

「聞いた話さ」

 サトルとアリサが点検を終えてやってくる。鏡が立ちあがる。

「飯にしよう」


 レイが鏡たち三人と旅を始めて一年が経とうとしていた。レイは焦っていた。時間がない。対戦車ライフルの徹甲弾は残り十二発。この世界の加工技術で同じ材質と精度を再現することなど不可能だ。この弾の尽きる前に、なんとしても手掛かりを見つけなければならない。


 夜が明けると四人は野営地を出発した。今回、鏡には目的があるようだった。航空基地に行くと言う。鏡の運転する装甲車が車列の先頭を行く。レイのオフロード車の助手席にはサトルが座っていた。サトルが言った。

「戦闘機、見てみたいな」

「どうして?」

「かっこいいじゃん」

「子どもみたい」

 サトルがむくれる。そして言った。

「浩一はさ、パイロットじゃないかな、たぶん」

「パイロット?」

「そう、戦闘機の。初めて会ったとき、軍服を着てた。あとで教えてくれたけど、空軍の軍服だって」

「空軍?」

 レイは驚いてサトルに視線を向ける。もう軍隊など無いのではなかったか?

「空軍の仕事にもいろいろあるでしょう? パイロットとは限らない」

「そうだけどさ」

 車がバウンドする。

「わっ! 前見て運転してよ!」

「ごめんなさい。鏡さんとはどうして出会ったの?」

 サトルは答えなかった。一行は廃墟の中の航空基地に向かっていた。


 *


 廃墟の街の開けた場所に、その航空基地はあった。破壊されたフェンスを乗り越え、装甲車とオフロード車は滑走路に入る。人影が見えた。乱れた白髪に大きなゴーグルを着け、航空機誘導用のパドルを振っている。どうやらその人影は滑走路の横に開いたスロープの入り口に誘導しているようだ。車列はその誘導に従う。スロープを降り切るとそこは地下の格納庫だった。一部に照明がついている。戦闘機らしき機体が一機、駐機していた。装甲車はその脇に停まる。レイも車を停めた。全員が車外に出る。しばらく待っていると先ほどの人影が走ってきた。息を弾ませながら言った。

「よく帰ってきたな」

 老人だった。髪も髭も伸び放題だ。その老人に鏡が言う。

「戻ってくると約束した」

「ずいぶんと時間がかかったようだが」

「相棒を連れてきた」

「そちらの御嬢さんか?」

 老人はレイを指さす。

「水神レイです」レイは答え、付け加える「男です」

「まあ、どっちでもいい」

「F-77だ!」

 戦闘機を見つめていたサトルが言った。

「制御知性を組み込まなかったただ一つの戦闘機!」

「よく知ってるな、坊主」

「親方に……」もごもごとサトルは言う「覚えさせられたから……子どもの頃……」

「今でも子どもじゃねえか」

 老人はそう言ってサトルの髪をクシャクシャとかき回す。

「やめろよ!」

 鏡が言う。

「おやっさん、いやミスター・サンダース。F-77は今でも飛べるのか?」

「もちろんだよ」

「すぐにでも訓練にかかりたい」

「この御嬢さんのか?」

「そうだ」

「本気かよ」

「本気だ」

「ちょっと待ってください」

 レイは慌てて割って入る。

「なんの話しですか、いったい?」

「この機体はバックシーターがいないと戦えない。ずっと探してきた」

「戦闘機に乗ったことなんて……」

 あるにはある。しかしこの機体ではない。しかも別の世界でのことだ。鏡には何かその特性でも見抜かれていたのだろうか?

 もうミスター・サンダースと言うのは止めたのか「おやっさん」と鏡は言う「マニュアルを用意して欲しい。それと機上訓練プログラム。それから……」

 そこにサンダースが付け加える。

「装備一式をな」

 そしてF-77を指差して言う。

「マニュアルならそこにある」

 そのサンダースの言葉に鏡は無言で頷く。そして機体に歩み寄る。コックピットに掛けられたラダーを登る。シートから分厚いマニュアルを取り上げた。

「レイ」

 鏡がラダーの上からレイを呼ぶ。そしてマニュアルを掲げて見せる。

「これを全部覚えてくれ。一晩で」

「一晩で!」

 レイは首を横に振る。マニュアルの厚さはゆうに五センチはある。

「無理です。時間を下さい」

「一晩だ」

 鏡がマニュアルを持ってラダーを降りてくる。レイは鏡の元に歩み寄り、訊く。

「いったい何のために?」

 ラダーを降り切った鏡が片手でマニュアルを差し出す。

「この基地の東、五七〇キロほどのところに敵の基地がある」

「敵の基地?」

「制御知性に乗っ取られた航空基地だ。そこに無人戦闘機がいる。そいつらを」鏡は空いている方の手で拳をつくり、F-77の機体を叩いた「こいつで叩く。基地も」

 レイの心に閃くものがあった。

「わかった」

 マニュアルを受け取る。

 レイは思った。そこだ。おそらくそこに、わたしの探していたものがある。


 *


 レイは寝台に腰かけてマニュアルを読んでいた。バックシートの機器類。その機能と操作方法。整備の仕方。チェックの仕方。戦闘機動について。etc...etc...

 一晩で覚えると言ってしまったがこれは難題だった。レイはその能力を限度いっぱいまで高める。記憶野を活性化させ、視覚野と言語野も総動員する。と、部屋の外で声がした。

「あんたはレイが好きなんでしょ!」

「お前には関係ないだろ!」

 アリサとサトルだ。レイはマニュアルを寝台に置いて部屋の外に出る。二人に声をかける。

「なんのお話しかな?」

 サトルが走り去ろうとした。レイはその腕をつかむ。

「ゆっくりお話ししたい。二人と。食堂に行きましょう」

「話しなんかない」

 サトルがレイの腕を振りほどこうとする。レイは思っていた。わたしがこの一行に加わったことで、サトルとアリサの仲がぎこちなくなっている。なんとかしてあげたかった。

「わたしはお話ししたい。二人と」

「わかったよ……」

「食堂ね。行きましょう」

 レイは二人を連れて食堂に向かった。


 食堂には人影がない。もっとも、ここにはもともとサンダース一人しかいなかったのだ。レイは食堂の灯りを一つだけ点けた。その下に二人を並んで座らせる。

「話って何?」

 サトルがぶすっと言った。レイは二人の向かいに座る。

「サトルはわたしのことが好き?」

 レイはサトルの目を見て訊いた。するとアリサがぷいっと横を向く。

「単刀直入ね」

 サトルはレイの視線を捉えて答える。

「好きだよ」

「男同士なのにね」

 横を向いたままアリサが皮肉った。レイはゆっくりと言う。

「好きならそれでいい。ただ、わたしとはいずれお別れしないといけない。近いうちに」

 アリサが向き直る。そして目を見張って訊く。

「どういう意味?」

「そのままの意味です。もうすぐお別れです」

「死ぬ気なの? 今度の戦いで?」

「違います」

「じゃあ……」

 アリサが言いかけた時、そこにサトルが割って入った。

「レイは死なない」

「そう、わたしは死なない。でもお別れです」

「そんな!」

「アリサ、あなたも、わたしが好き?」

「好きよ……」

「じゃあ、二人とは好きなままお別れをしたい。だから……」

 サトルが席を立つ。

「喧嘩するなってこと? 子ども扱いして!」

 レイは座ったままサトルを真っ直ぐに見つめる。

「子ども扱いなんてしてない」

「してるじゃん!」

「してない。わたしは二人が鏡さんと出会った時のことを聞きたい。お別れするために。二人についてよく知っておきたい。二人を……みんなを覚えておくために」

 サトルが座る。アリサが口を開いた。

「わたしたちは武器商人に育てられたの。二人とも浩一に買われたのよ」

 レイの息が詰まった。買われた? 鏡に?

「わたしたち商品だったの。小さい頃から武器の扱いを覚えさせられた。少年兵だったのよ」

 アリサは続ける。

「ある日、浩一がわたしたちのキャラバンにやってきた。わたしたちは別のお客に売られるところだった。浩一は……」

 そこでサトルが代わる。

「浩一は養子にしたいと言ったんだ。親方は金次第だと言った。浩一は親方の言い値を払った。多分ね」

「養子なんてただの言い訳よ」

「とにかく、それでぼくらは浩一に買われた。きっと何かされると思った」

 レイは訊く。

「でも、なにも無かった?」

「うん。浩一は何もしなかった。ぼくを子ども扱いなんてしなかった」

「わたしのこともね」

「それからずっと旅を続けてきた?」

「うん……」

「ありがとう、話してくれて」

 アリサが訊く。

「ほんとにお別れなの?」

「今度の戦いが終わったら、わたしはあなたたちから離れます。行かないといけないところがあるから」

「浩一には話してあるの?」

「まだです。今度の戦いは鏡さんにとってきっと大切な戦いです。だから、この戦いが終わってから言います。それまでこのことは黙っていてほしい」

 サトルが言う。

「わかった。三人だけの秘密だね。しばらくの間だけど」

「ありがとう」レイは答え二人に優しい視線を向ける「眠れる?」

「たぶんね」

 アリサが答えた。


 レイは二人をそれぞれの部屋まで送った。そして自分の部屋に戻る。レイは思った。そう、この戦いが済んだら自分はみなとお別れだ。きっとあそこに、わたしの探し求めていたものがある。それを鏡に言いたかった。サトルとアリサに言いたかった。でも、言って誰が信じるのか。せめて、この世界で出会った人たちとの思い出だけは大切にしたい。忘れないでいたい。レイはマニュアルに目を戻した。感情を、心から追い払った。


 *


 翌日から機上訓練が始まった。F-77はまだ飛ばない。装備一式を身に着けて鏡が操縦席、レイはそのバックシートに座る。機体には何本ものケーブルが接続されている。それらは格納庫の床下に消え、配管スペースを通って基地のコントロール室や動力室に接続されていた。

 ヘルメットから鏡の声が言う。

「プリフライトチェックからいく」

「了解」

 鏡がチェックリストを読み上げる。レイはそれに従って機器類をチェックしてゆく。複雑な手順を数分でこなす。

「よく覚えたな。飛行シミュレーションに入る。離陸から着陸まで行う。コントール?」

「こちらコントロール」サンダースの声「準備はできている。標的の操作は子どもたちにやってもらう」

「子どもじゃない」

「ああ、わかった、わかった」

「アリサです」

「サトルです」

 レイは二人に声をかける。

「二人ともがんばってね」

 サンダースが言う。

「じゃあ始めるとしよう」

 シミュレーションが始まった。


 格納庫での機上シミュレーションは一週間続いた。アリサとサトルが標的を操作し、鏡とレイが電子装置の操作でそれを撃墜する。レイはバックシーターとしてその全てを無事にこなした。七日目の訓練を終えると格納庫でサンダースが言った。

「さすが浩一の見込んだ腕だな。大したもんだ」

 鏡が言う。

「明日は飛ぶ」

「いよいよか」サンダースがレイを見た「実際のGはキツイぞ、御嬢さん」

 レイはもう訂正しなくなっていた。どっちでもいい。

「お腹が減りました」

「よし、腕によりをかけてご馳走しよう。でも食べ過ぎるなよ。でないとマスクにゲロることになる」


 翌日から実際に機体を飛ばしての訓練が始まった。鏡の機動は容赦なかった。レイは強烈なGに耐えた。それでも、飛べば飛ぶほどに、二人の連携は深くなっていった。


 *


 レイと鏡は食堂にいた。一週間の飛行訓練が終わった。明日はもう出撃だった。鏡が言う。

「よくついてきたな」

 レイは答える。

「よくついてこれました」

「明日叩く基地はもともとこの国の空軍基地だった。無人戦闘機の開発をしていたんだ」

「それが残っている?」

「いや、新造したやつだろう」

「性能が上がっているんじゃないですか?」

「大丈夫だ。それも訓練に考慮してある」

 鏡が訊いてくる。

「きつかったか?」

「きつかった」

「そうか……」

「鏡さん」

「なんだ」

「あなたのことが知りたい」

「何を?」

「あなたが、どこで生まれて、育って、今まで何をしてきたか」

 鏡は沈黙する。しばらくして口を開いた。

「ここには、以前、六機のF-77があった。乗員も、整備士もいた。それが一機ずついなくなった。俺の両親はパイロットとそのバックシーターだった。ある日飛び立って、帰ってこなかった」

「お父さんがパイロット?」

「そうだ。今から二十年以上前のことだ」

「かたき討ちをしたいんですね?」

「ああ」

 鏡はあっさりと認めた。レイはそれでかえって安心する。

「あなたは……あなたは感情だけでは動かない」

「そうか?」

「そうです」

「だといいがな」

「レイクランドであの発電プラントを破壊したとき、あなたには迷いがなかった」

「おまえにはあったのか?」

「ありました」

「感情からそうしたのかもしれない」

「違う」

「なぜわかる?」

「鏡さん。あなたには制御知性を破壊しようとする強い意志がある」

「レイ」

「はい?」

「制御知性をどう思う? 連中は狂っていると思うか?」

「思います」

「なぜ?」

「なぜって……」

「制御知性がまず最初に掃討したのは地域紛争を起こしていた武装組織や民兵だった。容赦なく殺した。女も、子どもも。だが今はしない」

「でもレイクランドでは襲ってきた。街の電源を断って」

「それは彼らの計画に刃向ったからだ」

「彼ら?」

「制御知性だ」

「計画?」

「俺は人類の再生こそが彼らの目的だと思う」

「だったらこんな無茶苦茶な世界には……」

「無茶苦茶じゃない。人間たちは生きている」

「人口が七分の一になっているのに?」

「彼らには彼らなりの理想がある」

「理想?」

「そうだ。だがそれは俺の理想じゃない」

「だから破壊する?」

「ああ」

「この旅でその思いが強くなった?」

「ああ」

 鏡が立ちあがる。

「明日は早い。もう休もう」

 そして食堂を出て行った。


 一人残された食堂で、レイは考えていた。鏡は鋭い。この世界のからくりに気付きつつある。わたしの正体を彼が知ったらどうなるだろうか? 激怒するかも知れない。いや、しないだろう。鏡は自分の気持ちを正義だとか世界のためだとか、そんなふうには言っていない。俺の理想じゃないと言った。だからこそ言えない。でも言いたい。彼に、わたしの全てを知って欲しい。お別れする前に。


 *


 翌朝、全員が作戦室に集まって、プリフライトブリーフィングが開かれた。壁面ディスプレイに地図を映しながら鏡が説明する。

「ここがこの基地。目的地である敵航空基地は五七〇キロ東にある。見捨てられた大都市の外れだ。F-77はここを飛び立ってすぐに超音速巡航に入る。五〇〇キロを飛んで減速し、戦闘機動が可能な速度に落とす。おそらくその時点で敵の迎撃機が上がってくる。AWACS(早期警戒管制機)の支援はない。自機の前方監視レーダーが頼りだ。こちらの搭載できるAAM(空対空ミサイル)は六発。一機の撃墜に最低二発は必要とすると相手にできる敵の数は三機まで。四機以上の迎撃機が上がってきたらその時点で逃げる」

 鏡が説明を止めた。サンダースが手を上げて発言する。

「あまり堅実な作戦ではないな。敵は一機あたり何発のAAMを搭載できる?」

「収集できた過去の空戦記録では一機あたり四発まで搭載しています」

「小型の無人機ならな」

「大型機が上がってきたら逃げますよ」

「ぜひそうしてくれ。戦争は死んだら負けだ」

「訓練通りやります」

「訓練の通りにな」

 鏡が説明を再開する。

「F-77にはバンカーバスターを一発搭載する。敵基地のコントロールを破壊するためだ。位置はわかっている。過去の情報から。制御知性が狂う前の」

 レイは訊く。

「その位置が変わっている可能性は?」

「ある」

 鏡は認めた。

「だが、それを考えると何もできない」

「そうですね」

「迎撃機が上がってきたら、それを探知したと同時に相手からロックオンされるだろう。その時点で増槽を投下する。ECMを開始。敵機から発射されたミサイルを回避し、敵機を破壊。その後、高度一万メートルで敵基地の上空に侵入。旋回して敵の防空システムを偵察する。地対空ミサイルの発射があれば逃げる。なければバンカーバスターを撃ち込む。以上だ。質問は?」

 全員無言。鏡が言った。

「よし。準備にかかろう」


 レイと鏡はスクランブル待機室で装備を身に着ける。その間に、滑走路には爆装したF-77が引き出されていた。サンダースの指示でサトルとアリサが忙しく動き回っている。レイと鏡は待機室を出た。F-77に向かった。


 *


 F-77のバックシートでレイは緊張していた。この機と三機の敵は同高度をヘッドオンの態勢のまま接近しつつある。無駄玉は撃てない。前席の鏡は確実に命中させることができる距離までミサイルを発射しないだろう。そしてそれは相手も同じだ。どちらが先に撃つか。そして回避機動に入るか。性能と我慢の比べ合いだ。レイは複合ディスプレイを注視し続けた。互いの距離が一万を切る。その時だった。ディスプレイに新たな輝点が現れた。ヘルメットに警告音が響く。

「ミサイル!」

 レイはディスプレイを読み上げる。

「ミサイル十二。〇時の方向。距離九千。同高度。相対速度マッハ四・〇。三群に分かれて接近中」

「上昇」

 すかさず鏡の声。そして強いG。胸が圧迫される。ヘルメットから聞こえる鏡の息も荒い。

「右旋回。チャフ散布。フレア発射」

 機体の後部からアルミ箔のリボンが空中に撒かれる。火の玉が続けざまに発射される。後方で幾つもの爆発が起きた。敵のミサイルがチャフやフレアに反応して起爆したのだ。後方監視装置が反応している。レイは報告する。

「ミサイル三、接近! ブレイク!」

「大G旋回」

 強烈なGで身体がシートにめり込む。

「まいたか?」

 ヘルメットから鏡の声。レイは後方監視装置を確認して読み上げる。

「ミサイルの追尾無し」

 まだGはかかったままだ。鏡は回避機動を続けている。レイは機の空中位置を把握。三時の方向、下方を見る。

「敵機三! 三時の方向。下方。交差します。高度差一五〇〇」

「後ろを取る。右旋回」

 機体が右に旋回してゆく。

「敵機、編隊を解除。二機が上昇します」

「まず一機を落とす。残りの二機を見逃すな。降下」

 機体が裏返しになる。負のGを避けるためだ。そしてすぐに戻る。機首が引き起こされた。

「敵機正面」

「シーカーオープン。フォックス3」

 二発のミサイルが発射された。レイは身体をずらして機体の後方を確認する。

「敵機二、旋回中。八時の方向。上空より接近。高度差五〇〇」

「アフターバーナー。上昇」

「敵機二、後ろ! ブレイク!」

「右旋回」

 機体の左側を幾本もの光条が通過してゆく。敵機が機銃を撃ってきたのだ。

「敵にもうミサイルはないぞ」

「残敵二。先ほど狙った敵は落ちました」

「よし」

「敵機、逃げます。下降して増速中。一〇時の方向。距離一〇〇〇」

「降下。左旋回」

「敵機、軸線に乗りました」

「シーカーオープン。フォックス3」

 F-77から四本の白煙が伸びてゆく。命中。無人機は爆散した。


 F-77はかつての大都会の上空に高度一万メートルで侵入した。敵基地を中心に大きく旋回する。地対空ミサイルの発射はなかった。

「バンカーバスターの照準をロック」

「ロックしました」

「発射」

「着弾まで三十三秒」

 レイは複合ディスプレイを注視している。静かな時間が流れた。弾頭カメラからの映像には敵航空基地の建物が映し出されている。それが急速に接近する。画面がブラックアウトした。複合ディスプレイに着弾位置が表示される。

「命中しました」

「よし、帰投する」


 F-77は高空を超音速で巡航している。あと数分で基地へとたどり着く。レイは考えていた。帰ったら、別れを告げなければならない。そして、あの街に。今日、破壊した敵基地のある街に戻るのだ。そこに何が待っているのか。レイは知っていた。

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