All Alone:賞金稼ぎ編

辻井豊

邂逅

 水神レイは砂漠の中の窪地に伏せて対戦車ライフルを構えていた。フードを深くかぶったマント姿からは、その下に隠された長い髪と細くしなやかな身体を想像することはできない。レイの覗き込んでいる電子式スコープには、二キロメートル先で繰り広げられている死闘が映し出されていた。

 小さな装甲車と巨大な重機が戦っている。小回りの利く装甲車からは少年に見える若者が身を乗り出して機銃を操作し、重機のどこかしらを狙って発砲している。重機はその弾丸を跳ね返しながら、多関節の腕を振り回して装甲車を打ち倒そうとしていた。

 まるで巨人と小人の戦いのようだとレイは思った。重機は装甲車の十倍以上ある。しかもその動きは鈍重ではない。二本の多関節の腕を振り回しながら幾つもある駆動輪を操作して素早く位置を変えてゆく。一方、装甲車はまるでその動きを読んでいるかのように走り回る。機銃を操作している若者は振り回されながらも的確にどこかを狙っているようだ。

 近づけないなとレイは思った。これ以上近づくと流れ弾に当たる恐れがある。なにより重機にこちらが認識されれば、それはそれで厄介なことになるだろう。ここから狙うしかない。レイは深く息を吸い込み、そして止めた。

 重機の腕が装甲車を捉えた。一撃で装甲車は横転する。機銃を操作していた若者が投げ出された。重機が動きを止める。そして巨大な腕を振りかぶった。スコープに重機のコックピットが映し出される。レイは引き金を引き絞った。

 発射音。高速の徹甲弾が飛ぶ。重機の装甲に命中。巨大な重機はその腕を振りかぶったまま動きを止めた。

 レイは立ち上がる。窪地の影でアイドリングさせてあったオフロード車の後部座席にライフルを放り込む。しっかり固定すると自分も運転席に乗り込み、ギアを入れて発進させた。

 レイの車が近づくと装甲車の後部ドアが開いた。中年の男が出てくる。頑健そうな体つきだ。男はあたりを見回し、倒れている若者を見つけると駆け寄った。若者はそれに気づいたのか身体を起こし、立ち上がる。大丈夫だというしぐさをする。と、装甲車からもう一人が出てきた。少女のようだ。その少女に向けて男が何か言う。少女は一旦、装甲車に戻ると工具箱らしきものを抱えて出てきた。動きを止めた重機に向かって駆け出してゆく。

 レイの車が現場に着いた。ドアを開けて出る。重機に向かった少女の姿は見えない。男と若者が近寄ってきた。男がレイの視線を捉えて言った。

「あんたがやったのか?」

「そうです」

「対戦車ライフルか?」

「そうです」

 重機の方から少女が走って来た。胸に何かを抱えている。息せきって駆け寄って来た少女は男にそれを渡した。重機の型式と製造番号の書かれた銘板だった。

「あんたの物だ」

 男はそう言ってレイに銘板を差し出す。レイは首を振る。

「人を雇ってあれを」とレイは視線で装甲車を指し示す「引き起こさないといけないでしょう? 修理が必要かもしれない。お金が必要なのはあなた方です」

 レイの言葉を受けて男は銘板を少女に渡す。

「甘えておこう。感謝する」

 レイは若者に視線を向けて訊く。

「怪我はないですか?」

「大丈夫さ、慣れている」

 若者はそっけなく答えた。少女が訊いてきた。

「あんたも賞金稼ぎ?」

「ええ」

「情けをかけたつもり?」

「そんなつもりは……」

「やめておけ」

 男が割って入った。

「制御知性を正確に打ち抜いた。大した腕だ」

 そう、重機に人は乗っていない。狂った制御知性が動かしていたのだ。

 狂った制御知性に操られた重機が暴れまわり、それを破壊することで金を稼ぐ賞金稼ぎの世界。それがこの星の現実だった。


 *


 男は鏡浩一と名乗った。若者はサトル、少女はアリサと言った。サトルとアリサはラストネームを省略したが、鏡の家族というわけではないようだった。四人はその場で相談し、サトルがレイの車に同乗することになった。二人で近くの町まで行き、そこの役場で重機の銘板を換金するのだ。そして人と機材を手配し、ここに戻ってくる。ここから町までは五〇キロほどある。戻ってくるのは明日になるだろう。その間、鏡とアリサはここに残り、仕留めた重機と自分たちの装甲車が他の賞金稼ぎの獲物にならないように見張るのだ。レイはサトルを乗せて車を発進させた。道なき道を町へと向かった。


 レイとサトルが町に着いた頃にはすでに日が暮れていた。その町は砂漠の中の物流基地だった。それほど大きな町ではない。役場はもう閉まっていた。レイとサトルは宿をとった。別々の部屋に落ち着く。前金はレイが支払った。


 レイは部屋に落ち着くとフード付きのマントを脱いだ。長い髪を後ろで束ねる。そして装備品を部屋に広げて点検を始めた。この星に着いてから、今日、初めて撃った。残り、九十九発。時間も、いつまでかかっても良いというものではない。見つけ出せるだろうか? レイはため息をついてベッドに身を投げ出す。床に並べられた装備品。それらはこの星でもありふれたものだ。しかし違う。対戦車ライフルとオフロード車を詳しく分析すれば、それらは極めて高度な材質で、しかも恐ろしい精度で作り上げられていることがわかるだろう。そう、それらをこの星で作ることはできない。地球では作れないのだ。

 この星に住む人々はここを地球と呼ぶ。それで間違ってはいない。しかし、この地球以外にも他に九十九の地球があって、それぞれの住人が、それぞれの星を唯一の地球と信じて疑わない。たとえこの星で自分の正体を告白したとして、それを信じる者などいないのだ。レイはベッドから身を起こす。装備品を片付けると眠りについた。


 翌朝、レイとサトルは宿を出て役場に向かった。役場に着くと朝一番だったせいか報奨課の窓口には誰もいない。しばらく窓口で待っていると一人の役人がやってきた。役人は何も言わずに二人に向かって手を差し出す。サトルが重機から取り外してきた銘板を手渡す。銘板をしげしげと眺めた役人は報奨金申請の届け出用紙をサトルに差し出して言う。

「大物ですね。一〇〇〇ドル」

「たった一〇〇〇ドル!」

 サトルが窓口に身を乗り出して役人に詰め寄る。

「どうして?」

「あんな大きなもの、再生しても使い道がない」

 役人の対応はそっけない。レイとサトルは顔を見合わせる。

「それと五〇トンクレーン車と人の手配を頼みたいのだけど」

 金額交渉は諦めてサトルは言った。

「それは車両管理課。報奨金、受け取るの?」

 役人は届け出用紙をひらひらさせる。

「もちろんだよ!」

 サトルは役人から届け出用紙をひったくると記入を始めた。


 報奨金を受け取り、機材と人の手配を済ませて二人は役場を出た。すぐにクレーン車は用意できるという。町の出口で待っているから、そこで落ち合うようにと指示された。

 二人が町の出口に着くと、そこで待っていたのは頼んだものよりずっと多くの作業車両の群れだった。倒した重機を解体して町に持ち帰るという。その多くの作業車両を引き連れて、レイとサトルの乗るオフロード車は町を出た。


 レイとサトルが鏡たちのもとに戻ったのは夜半過ぎだった。作業車両が砂漠を速く走れなかったからだ。用意のいいことに、それらの車両の中には照明車もいた。すぐに重機の解体作業が開始される。五〇トンクレーンは鏡の指示に従って横転した装甲車の引き起こしにかかる。装甲車はすぐに引き起こされた。鏡とサトル、それにアリサが点検にかかる。その様子と、巨大な重機が解体される様を眺めてレイは考えていた。あの三人と旅ができるだろうか?

 レイがこの星にやってきてから間もない。この星の情報はあらかじめ学んできている。いつもそうなのだが、しかしそれでは足りないことも、いつもそうなのだ。てっとり早く仲間を見つけたほうが目的の達成も早くなる。

 装甲車の点検が終わったようだ。車外に出た三人にレイは歩み寄る。

「わたしを仲間に加えてもらえませんか?」

 三人は顔を見合わせる。

「無理にとは言いません」

「いいよ」

 サトルがまず言った。そのサトルを見てアリサが一瞬むくれたような表情を見せ、次いで鏡の方を見た。鏡が言う。

「車両が二台あると心強い。今回のようなこともあるからな」

「はあ……仕方のない男ども……」

 アリサが腕を組んで言った。レイは三人に向かって手を差し出す。

「よろしくお願いします」

 こうして四人の旅は始まった。

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