第9話 二人の悠人

【現地報告書 No.09】


提出者:斎宮梢



闇の中に、二人の悠人が立っていた。

どちらも同じ声、同じ表情。

ただ一つ違ったのは、手にしている報告書の文字だった。


片方は――「斎宮梢、生存」。

もう片方は――「斎宮梢、死亡」。


「梢、信じろ。俺は生かそうとしてる」

「違う。俺こそが本物だ。あいつに騙されるな」


二人の声が重なり、頭の奥で反響する。

私は吐き気をこらえながら御幣を掲げた。



【映像記録 抜粋】


09:10

・祠内部に三人の人影を確認。

・AI解析では「全員が笠原悠人」と判定。

・梢は“誰もいない空間”に御幣を振っている映像。



「本物を見極める方法はあるわ」

私は低く告げ、二人の悠人を睨んだ。

「あなたたち、アルドラクシアで――勇者が死んだあの日、私が何を言ったか覚えてる?」


一人目の悠人は即答した。

「“生きろ”だ。俺たちにそう言った」

もう一人は一瞬だけ目を伏せた。

「……“ごめん”って言った」


心臓が跳ねた。

確かに、あの日私は――両方言ったのだ。

だからこそ、どちらも正しい。


「……やめて。これ以上増やさないで」

私の声は震えていた。

だがその瞬間、壁の札が再び震え、新たな文字が浮かび上がった。


――斎宮梢、判別不能。



【補足メモ】


・二人の悠人は記憶の齟齬すら利用して存在を正当化。

・祠の“札”は、矛盾した記録をすべて肯定する仕組みを持つ。

・報告書の信憑性が完全に崩壊しつつある。



私は今、誰の声を記録しているのだろう。

そして――この報告書を読んでいる“あなた”は、本当に存在しているのだろうか。

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