第7話 改竄者

【現地報告書 No.07】


提出者:笠原悠人

同行者:斎宮梢



壁から剥がれ落ちた札を拾い上げると、黒い墨がじわりと指に染み込んだ。

そこには確かに、「笠原悠人、死亡」と記されている。

しかも、筆跡は俺自身のものだった。


「……俺が、俺を殺してる?」

独り言のように漏れた声に、梢が首を振る。

「違う。これはあなたを模した“改竄者”の仕業よ」


その瞬間、祠の奥から人影が現れた。

背丈も顔も声も――俺自身だった。



【映像記録 抜粋】


08:41

・悠人に酷似した存在が出現。

・二人の姿は完全に一致。識別マーカーも両者に反応。

・カメラには「二人の笠原悠人」が同時に報告書を書き続けている映像が残る。



「俺は“本物”だ。お前は札に書かれた虚像だ」

偽の悠人が淡々と告げる。

「違う、俺が本物だ!」

声が祠に反響し、どちらが本物か判別できなくなる。


梢は必死に御幣を振るったが、二人の影が絡み合い、境界はますます曖昧になっていく。



【補足メモ】


・区域は“報告行為”そのものをエネルギー源としている可能性。

・帰還者が記録を残すたび、虚像が増殖する。

・悠人と同一存在が出現。真偽の判別不可。



「悠人……」

梢が俺に縋るように呼んだ。

その声に反応したのは、俺と偽者、同時だった。


だが次の瞬間、偽者の手が報告書に文字を走らせた。

――斎宮梢、死亡。


梢の体がふっと薄れる。


「やめろ!!」

俺は反射的に墨壺をひっくり返し、報告書に書き殴った。

――斎宮梢、生存。笠原悠人、消失。


紙が震え、祠全体が唸り声を上げた。

偽の悠人が顔を歪め、霧に溶けるように消えていく。


だが足元を見ると、俺自身の影が半分ほど薄くなっていた。



本当に消えたのは、あいつか、それとも俺か。

報告書が存在する限り、答えは誰にも分からない。

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