第6話 影に縫われる

【現地報告書 No.06】


提出者:笠原悠人

同行者:斎宮梢



梢の背中から伸びた影は、彼女を壁に縫いつけるように張り付いていた。

肩、腕、足首――札から生えた黒い文字の糸が、彼女の四肢を絡め取っている。


「動けない……っ」

梢の声は震えていたが、瞳は必死に理性を保っていた。

俺は慌てて彼女の体に触れたが、指先に走るのは冷たい紙の感触だった。

まるで梢そのものが「札」に変わりかけているかのようだ。



【映像記録 抜粋】


08:33

・悠人が梢を抱きかかえようとするが、梢の体は半透明化。

・背後の壁には「斎宮梢 死亡」と大書された札が貼られている。

・札の筆跡は、悠人が先ほど書いた文字と一致。



「悠人……もし私が完全に“記録”にされる前に、燃やして」

梢が苦笑した。

「アルドラクシアで勇者を見送ったときみたいに。残された者が、ちゃんと生き延びるために」


「ふざけるな!」

俺は怒鳴った。

掌に火の気を灯す。しかし――

炎は祠の壁に燃え移らず、逆に黒い影が増殖した。


「使うなって言っただろ……」

梢の声は霞んでいく。



【補足メモ】


・帰還者の能力は札によって“反転”し、怪異の養分になる。

・梢の存在は、現実と記録の狭間で分裂。

・救出には“札そのものを上書きする手段”が必要。



俺は祠の床に散らばる墨壺を見つけた。

中の液体は真っ黒で、光を吸い込むように濃い。

手を突っ込むと、冷たさが骨に染み込み、頭の中で囁き声がした。


“書け。救いたければ、彼女を記せ。”


気が付けば、俺の手は勝手に動き、報告書の余白に文字を書き始めていた。


――斎宮梢、生存。


インクが滲み、札が震え、梢の体が一瞬だけ鮮明に戻った。

だが同時に、壁の奥から別の札が剥がれ落ちる。

そこに記されていた名前は――


笠原悠人、死亡。



この記録を残すことで、彼女は救えるのかもしれない。

だが代償に、俺自身が“書き換えられる”のなら……。

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