大事な人たちと過ごす、クリスマスイヴ

「はあっ。なんだか疲れた」


「リムちゃんとあれだけ激しい夜を過ごしたら、そうなるよね」


「……なんか発言が怪しくないか?」


「別に。そんなことないもーん」


 カナタは少しだけ顔を背けていた。


 絶対にそんなことあることはわかっていた。


 また変にこじれることは嫌なので、ハルカはきちんとカナタのことを考えることにした。


 カナタは何に不満を感じているのか。何に引っかかっているのか。


 リムとのダンスは、まるで体が羽になったようだった。軽やかに踊ることができ、家族としての一体感を確かに感じていた。


 時を超えても感じる絆のようなもの。


 そんな姿を見たからこそ、カナタは。


「カナタ」


「……なにかな?」


 二人して同じソファーに身を委ねている。

 けれど、そこには目に見えない隔たりがある。


 完全には分かり合えないし、満たすことはできない。


 それでも、気持ちをできるだけ通じ合いたいと、ハルカは思う。


「タイムリープしたおかげで。母さんとまた出会えた。母さんは俺のことを知らないけど、それでも確かな繋がりを感じたんだ」


「そうだね」


「親子というにはおかしな出来事だけどさ、嬉しかった。一緒に学校に行って、ちょっとだけ触れ合ったりダンスをしたり。俺の知らない母さんのことを知れて、嬉しかった」


「うん」


「カナタのおかげで、俺は少しだけ救われたんだ」


 沈黙が下りる。


 気まずさだけじゃない、少しだけ穏やかな沈黙。


「ありがとう。カナタは大切で可愛い――俺の幼馴染だ」


 ハルカの言葉を受けても、カナタは特に言葉を返さず、顔は俯いたままだった。


 しかし、ハルカの手はぬくもりに覆われる。


 カナタはそっと、ハルカの左手に手を添えていた。


「ハルカには、将来叶えたい願いはあるの?」


 カナタの問いに、ハルカは一瞬考えを巡らせる。


 カナタと共にもみの木に託した、真っ白な短冊。


「特に思いつかないな」


「そっか」


 カナタは、ハルカの手を強く握った。


 力強いはずなのに、なぜか切実さを孕んでいた。


「私にとってハルカは――大事な幼馴染、だよ」


 お互いの信頼を表わす言葉は、部屋の中で反響し、消えていった。










 十二月二十四日。クリスマスイヴ。


 夕方になり、ハルカたち四人は駅前のファミレスに集まっていた。


 アキラがリムに告白をするということで、ハルカナコンビは協力を申し出た。


 アキラが遊びに誘うと、リムは「ハルカがいくなら」と応じた。予想通りの展開と言える。


 ファミレスで食事を摂り、月の見える丘でロマンチックに告白をするというのが、アキラが提示したプランだった。


 もっときちんと練れよ。ハルカとカナタはツッコミたい気持ちを目一杯我慢しつつ、アキラの気持ちを尊重した。


「ほい。ドリンク持ってきたぞ」


「ありがとう。アキラくん気が利くね」


「ちょっと待てよ。なんか俺のドリンクの色、変じゃないか?」


 ハルカのドリンクはわずかに黒みの濃い緑色だった。確かになんでもいいとは言ったが、見た目からなんだか抵抗のある色味。ハルカは思いっきり顔をしかめた。


「ハルカには俺特製のミックスドリンクをプレゼントだ」


「何をミックスしたんだよ」


「コーヒーとメロンソーダ」


「よーしアキラ。ちょっと外に行こうか」


「ほーハルカやる気か? ホワイトクリスマスじゃなくて、レッドクリスマスにしてやるよ!」


 くだらないことで睨み合うハルカとアキラを見て、カナタはまるで母親のような目で見守る。


 一方リムは、ミックスドリンクを勝手に飲んでいた。


「意外といける」


「リムちゃん!? それ飲んだの?」


 驚愕に目を開くアキラ。


「うん。まずい、もう一杯」


「それは違う。絶対に違う」


 ハルカがツッコミを入れると、ついにカナタは耐え切れなくなって噴き出した。


「あはははは。なんだかおかしい。なんだかんだ、みんな仲良しなんだよね」


 カナタが何気なく言った一言で、ハルカはハッとした表情を浮かべる。


 ハルカは今更ながらに気づく。


(そっか。父さんと母さんが揃っての食事なんて、子供の時以来なんだ)


 かつてまだアキラとリムの両方がいた時。


 ふざけるアキラに対して、斜め上の行動をするリム。


 隣に座る両親。食卓に並ぶ玉子焼き。豪快なアキラと、控えめなリムの笑い声。


 そんな二人の温かくも自然なやりとりが、ハルカは大好きだった。


 なんとなく普通の家庭とは違った雰囲気を感じていた。


 けれどそんな違いなんて、どうでもいい。うるさい父と、おかしな母。


 朝日ハルカなりの幸せな風景だった。


「ハルカ?」


 カナタが心配そうに尋ねる。


 ハルカの表情が歪んで、瞳は湿り気を帯びている。

 泣きそうになっていることは、誰の目で見ても明らかだった。


 ハルカの異変に気付いて、アキラだけでなくリムも視線を向けていた。


 目元を拭いながら、ハルカは自分の周りにいる人物を見渡した。


 カナタがいて。アキラがいて。リムがいる。


 大切な人や家族に、囲まれている。


「な、なんか変なものでも飲んだのか?」


「ハルカ、何か悲しいの?」


「どうしたのかな?」


 三様の心配が飛んでくる。


 優しさの気配を受け取り、ハルカは子供のように笑った。


「悲しいんじゃなくてさ、ただ――嬉しいだけなんだ」


 首を傾げるアキラと、表情を崩さないリム。


 カナタだけは、シンクロするように瞳を潤ませていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る