ありがとう、さようなら また――来月

 温かな空気とともにファミレスでの食事を終えて、四人はさまようように街へ繰り出す。


 所々に灯る柔らかな光は、人々の想いを照らすように輝いている。

 浮足立つ空気に、ロマンチックな雰囲気。


 愛の情感が夜を彩り、ふんわりと柔らかくも、温かい気持ちに満たされていた。


 アキラが先導し、街の喧騒は少しずつ遠ざかる。


 月が見える小高い丘の上。星々の祝福を受けながら告白をする。アキラが望むシチュエーションに、徐々に近づいていた。


 複数の丘陵が連なる中、ブナの木が佇む隣に、あおつらえたようなベンチがある。


 そこを目指している途中、カナタはわざとらしく声を上げた。


「あっ財布がない。もしかしたら落としちゃったのかも」


「それはまずいじゃないか。じゃあ一緒に探しに行こう」


 棒読みに近い口調で、ハルカは同調する。


 リムが振り向いた時には、ハルカとカナタは来た道を引き返していた。






「アキラは、大丈夫かな」


「大丈夫だって。色々な困難を乗り越えて、アキラくんはハルカのパパになったと思うんだよ」


「だよな。ここは父さんを、信じるしかないか」


 アキラとリムがベンチに座ったところで、ハルカナコンビは木陰から二人を見守っていた。


 雑なシナリオなだと理解をしていたが、とりあえずふたりきりというシチュエーションを作ることはできた。


 何か話をしているようだが、細かい内容まではわからない。


 時折揺れる二人の頭はどのような感情を宿しているのか、気になっていた。


「うー。ちょっと冷えてきたね」


 カナタは両手にはーっと息を吹きかけていた。


 冬に相応しい寒さが吹き抜ける今日は、寄り添って心を温めるにはちょうどいい日だった。


「気休めにしかならないけどさ」


「えっ」


 ハルカはカナタの手を取って、自分のポケットに招き入れた。


 ポケットの中で、指と指が結ばれる。お互いの手は冷えていたが、繋がれば少しだけ寒さが平気になった。


「ハルカ、ありがとっ」


「いいよ。俺もあったかいし」


 自然な笑顔で、お互いに見合わせる。


 この場だけは、冬の空気も和らいでいるようだった。


 おもむろにアキラは立ち上がり、リムを正面に見据えた。


「星八リムさん……あなたが好きです! 俺と付き合ってください!」


 アキラは空気を吹き飛ばす勢いで、告白を放った。


 どこかふざけた表情はなりを潜めていた。真剣な表情。


 ハルカとカナタは固唾を飲んで見守る。


 未来に大きな影響がでるわけではないが、絆を結んだ二人が繋がって欲しいと、切に願っていた。


 リムが何か言葉を返す。内容はわからないが、なぜか星々の煌めきすらしぼんでしまったようだった。


 アキラは、肩を落として、とぼとぼとその場を去っていく。


「……ダメだったか」


「そうかもって思ったけど、やっぱりショックだよね……」


 ハルカナコンビも、肩をすくめて溜め息をついた。


「やっぱり、俺のせいなのかな」


 沈んだ声のハルカに、カナタは慌てて口を開いた。


「原因と結果の因果なんて、誰にもわかんないよ。それに、世界は分岐して様々な可能性がある。だから、今のハルカへの影響については、大丈夫なんだよ」


「カナタの言う理屈はわかる。けどさ……」


 ハルカは一度カナタを見るが、空へと視線を移した。


 カナタを見ながら言葉を紡ぐことで、責めているようにとられたくなかったから。


「この世界に自分がいないかもって思うと、ちょっとだけ虚しいかな」


「ハルカ……」


 カナタは俯いて、悔し気に唇をゆがめる。


 カナタが口を開く前に、咄嗟にカナタの頭を撫でた。


「違うんだ。俺はカナタに、感謝をしているんだ」


「でも」


 目に涙を貯めるカナタに、ハルカは精一杯の笑顔を浮かべた。


「母さんと再び会わせてくれて――ありがとう」


 複雑な心境も、温かみと虚しさがごちゃまぜになった心も、全て「ありがとう」に隠した。


 ハルカの笑顔の裏にあるものを、カナタは察した。


 察した上で、カナタはもう追及しようとはしなかった。


 カナタは同じように笑顔を返した。


「えへへ。どういたしまして」


 空を走る流れ星は、消えずに止まっていた。





「ハルカー。準備はいい?」


「ああ。大丈夫」


 カナタの『大体なんでも入るポーチ』で荷物をまとめて、拠点はまた自動的に片づけられた。


 いよいよ、過去への時間旅行を終えて、現代へと帰ることに決めた。


「ハルカ……気を付けてね」


 神妙な面持ちでカナタは言った。


 現代に戻るということは、落下する看板に押しつぶされる寸前に戻るということ。


 微妙に違う座標へ戻ることは可能だが、そうなると世界は更に分岐してしまう。


 ハルカが暮らしていた世界を同一に保つには、タイムリープした瞬間と同じ状態で帰る必要がある。


 カナタから説明を受けて、ハルカは納得して受け入れた。


「ああ。わかってるさ」


「ほんとはマナー違反だけど……これ」


 カナタは、人が包めそうなほどの薄い布を取り出した。


「それは何?」


「包んだものの衝撃を、少しでも和らげてくれる布。これを使えば、ハルカの受けるダメージを減らせるかも」


 カナタの相貌は苦々し気に崩れる。あるべき姿から外れたことをしているという罪悪感や、ハルカへの心配などで感情がごちゃついているようだった。


 ハルカは首を横に振った。


「いいよ。それって、多分よくないことなんだろ?」


「タイムリープの時点フェアではないけど、だからこそ過去への影響は最低限にしなきゃいけないから……」


「それが、タイムリーパーとしてのマナー、なんだろ?」


 ハルカが言ったことで、カナタは無言で布をしまった。


「そう心配そうな顔すんなって」


「だって、ハルカって時々自分のことを考えずに無茶するもん」


 拗ねたようなカナタの声色。


 図星を突かれたことが気恥ずかしく、ハルカは誤魔化すように右手を突き出した。


「大丈夫だって。ほらっ。ハルカナコンビは……」


「……無敵」


 カナタも拳を突き出し、コツっとと触れる。


 少しだけ、緊張した空気が弛緩していった。


「じゃあ、帰るか」


「うん。それじゃあ、装置を起動するよ」


 カナタはペンダント型のマシンを起動した。


 ハルカとカナタの体躯が金色の輝きに包まれ、徐々に輪郭は曖昧になっていく。


 まるで分解されていくように、光の粒が世界へと溶けていく。


(ありがとう。さようなら――母さん)


「待って」


 ハルカナの意識が時空を超える寸前、澄んだ声が聞こえた。


「リム」


「リムちゃん?」


 星八リムは、いつもの無表情でまっすぐ二人を見据えていた。


 表情や仕草から感情は伺い知れない。


 けれど、言葉では言い表せない願いの強さを感じ取れた。


「ハルカやカナタと、まだ一緒にいたい」


 体は分解され、量子へと乗せられる。


 光の速度を超えるエネルギーが満ちる。後は、時空の壁をぶち破るだけだった。

 ハルカナコンビが時空を超える、その刹那。


 リムは静かに、かつ力強く願い事を放った。












「いかないで」










「ハルカ! ねえハルカ!」


 朦朧とするハルカの意識は、カナタの大声で現実へと引き戻された。


 眩しさを拒むように、ハルカは目を開く。


 どこまでも鳥が飛んでいきそうな、清々しく澄んだ空。

 草花の混じる土の香り。


(ここは、だ?)


 既視感のある光景を認識し、ハルカはがばっと身体を起こした。


 澄んだ冬の空気。風にそよぐ草木。のどかな光景。


 看板が落ちてくるなんて危機とは、まるで正反対の状況。


「これって……」


 ハルカは、呆然とした様子で声を発した。


「うん」


 カナタはゆっくりとうなずく。


 現状の重みを表わしているようだった。


「私たちは――タイムリープに失敗したんだよ」

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