カナタVSリム ダンスパーティの舞

 一通りクリスマス会を楽しんだ後、最後の催しであるダンスパーティーが開催されていた。


 生徒たちはすでにロマンチックな雰囲気にあてられていた。


 流れるような音楽に、漂うムードは大人へと駆け上がるような高揚感を抱かせる。

 ハルカたちも、その空間へ加わろうとしていた。


「ハルカ」


 カナタはハルカを見つめたが、何か言いたげに口をつぐんだままだった。


 アキラのおかげで、カナタとリムのただならぬ空気感は消え去っている。


 しかし、その火種まで消えていったわけではない。


 ハルカはカナタへと視線をやる。

 イマと踊っていた最中、ひざを抱えていたカナタの姿が、なんとなく重なる。


 ハルカは微笑みを向けつつ、手を差し出した。


「カナタ。俺と一緒に、踊ってくれないか」


 カナタの表情がパッと明るくなる。


 カナタは待ってましたと言わんばかりに、ハルカの手を握った。


「うんっ」


 二人の視線が重なり合った時、自然と言葉が出てきていた。


「ハルカナコンビは」


「無敵」


 決め台詞を皮切りに、二人は息の合ったダンスを披露する。


 アキラとリムは、呆気にとられたようにハルカナコンビを眺めていた。


 ハルカが動けば、呼応したようにカナタも応える。


 同じように体を揺らしたかと思えば、反対側へと腕を伸ばす。信頼が繋ぐコンビネーションに、アキラは視線を逸らすことができなかった。


「すげえ……けど!」


 アキラは、弱気を振り払い、リムに向けて手を伸ばした。


「リムちゃん……俺と踊ってください!」


 半ば諦めもあり、アキラは目を瞑る。


 しかし、意外にもリムはアキラの手を取っていた。


「わかった。私も、練習してみたい」


 アキラとリムも、そのままダンスパーティーに参戦した。


 アキラはぎこちないながらも、円状に動きながら音楽に体を乗せていた。


 リムはただ、アキラの動きに合わせていた。静かな湖畔のような、動いているはずなのに静寂を思わせる。矛盾染みた動きでアキラと踊っていた。


 いつの間にかハルカナコンビの下へ、視線が集中していた。


 調子づいたようにカナタは背中を逸らせて、ハルカは背中を支える。


 音楽が鳴りやみ、一瞬の静寂。


 一拍後には、割れんばかりの拍手がハルカナコンビへと向けられていた。


「なんかちょっと、恥ずいな」


「にゃははは。でも、ちょっとだけいい気分かも」


 ポケットに手を入れつつ体育館の脇へ戻ると、アキラとリムに出迎えられた。


「二人とも、めちゃくちゃ息が合ってた。いやすごかったぜ」


 アキラは素直に称賛し、両手を叩いて祝福をしていた。


 ハルカとカナタはお互いを見合って、はにかむように笑った。


 突如として、音楽が切り替わる。


 ゆったりとしたムードから、まるで駆け出すようにお転婆な曲調へ。


「ハルカ」


 一歩前に出たのは、リムだった。


「今度は、私と踊って」


 表情の色合いは薄い。


 けれど、決意を表わすように、結ばれた口元は力強い。


「そりゃ構わないけど、無理はしない方が」


「大丈夫」


 リムはゆっくり瞬きをした。


 まるで、意識を切り替えるような仕草だった。


「もう、








 カナタは、ハルカとリムのダンスから目が離せなくなっていた。


(うそ……私より、息が合ってる)


 高速で繰り広げられるタップに、寸分の狂いもないリズム。


 さりげないリムのリードのせいか、ハルカ自身も生き生きと見えるダンスを披露していた。


 音に乗せて繰り出されるターン。広げられた二人の手が真円形を描く。優雅で、力強い。


 アキラは完全に沈黙していた。言葉すら発することができないようだ。


 レベルの違いを見せられて、どこかうんざりとした気持ちに苛まれる。


 それでも、その美しさを前にして目が離せない。


 カナタは歯噛みし、ただただ襲い来る感情に身を委ねていた。


 会場中の生徒たちは、いつの間にか踊ることをやめている。圧倒的な美しさの力に、ただ焦がれることしか許されない。


 フィナーレを決める音が響き、ハルカとリムはお互いに見つめ合っていた。


 まるで当たり前のような幕切れに、拍手すら起きなかった。


「カナタちゃん」


 なんとか絞り出したような声で、アキラは言った。


「なにかな?」


「俺、明日リムちゃんに告白する」


 カナタは苦笑した。


 口に出すつもりはないが、二人のダンスを見て誰しもが悟るはずだ。


 絶対に勝ち目はない、と。


「それはいいと思うけど……」


 言いづらそうなカナタに、アキラは弱々しい笑みを返した。


「正直、無謀だってことはわかってるんだ。けどさ」


 アキラは天井に向かって手を伸ばし、ぎゅっと拳を握った。


「それでもやらなきゃ、男が廃るってんだ」


 カナタは、アキラが震えていることに気が付いた。


 無謀で無理で無駄なことになるかもしれない。


 そんなことは承知の上で、アキラは挑もうとしていることを、カナタは理解した。


 カナタは、自分の胸に手を当てた。


 動揺に疼く気持ちに、何か名前を付けるわけにはいかない。


 ハルカとリムを見ている時に感じる、この気持ちを認識してはいけない。


 カナタは、精一杯強がりの笑顔を見せた。


「私はアキラくんを応援してるよ。がんばれっ!」


 しんしんと深まる空は、やがて雪を降らせてしまいそうだった。

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