第31話「ドラム缶風呂と、レムロスの宝石と終末」

 ドラム缶風呂を沸かすのは、案外時間がかかる。

 寒空の下、腰にタオルを巻いただけで1時間ほど待機していたソルソルの唇は、もう紫色になっていた。

 

 さすがに心配になってきたラザニエルは、一旦部屋に戻り。

 いつもソルソルが着ている雑なパーカーを、雑に引っ掴んで持ってくる。


「ソルソル、服着なよ」


「もうちょい、もうちょいで沸くはずだから……」


「水の温度はまるで変わっておらぬようだが?」


「水って言うなよ、余計寒くなるだろ!」


「現実を見よ、小間使い。この水を『湯』と言い張り、飛び込むつもりか?」


 デストロイヤーは、ぶるぶる震えるソルソルの背中にモッフ……とのし掛かる。

 暖めているつもりなのだ。ソルソルは「ぐえ」と呻いて、伸びてしまいそうな顔をしたが。

 

「なあ、ラザ!なんでこんなにガンガン燃やしてんのに温まらないわけ!?」


「火の勢いより寒さのほうが勝ってるんだよ。なんかこう、もっと、よく燃える松ぼっくりとか足さないと」


 火の勢いは、弱くはないが強くもない。

 ただ、ドラム缶が巨大すぎた。

 400リットルの、普通のドラム缶風呂の倍のデカさのものを欲張って使ったのが敗因だった。

 ソルソルは悔しそうに、ドラム缶の端を叩く。

 デュン!という聞いたこともないような音が秋の夜空に響いた。


「くそう……こんなことなら大人しく銭湯行けばよかった……!」


「今からでも銭湯行く?」


「そしたら今まで頑張った分がもったいないだろ。このまま温まるまで待つ」


「小間使いも、このまま切り上げ銭湯へ向かった方が楽だとわかっておるはずだが……変な意地を張っておるな」


「コンコルド効果って言うんだよ」


 この日は第六天魔ハイツのすべての部屋で風呂が使えなくなり、大家からは『銭湯へ行くか、そのへんのドラム缶を使うか』の二択を出されたのだ。

 そして、ラザニエルがドラム缶風呂に入ってみたいとワガママを言った、その結果がこうだ。

 

 ソルソルはデストロイヤーののし掛かりから抜け出すと、竹筒で火を『ふー!ふー!』と吹きながら震え、先程と同じように1分おきに水の温度を確認しては絶望している。

 これにはさすがのデストロイヤーも、可哀想になってしまったのだろう。


「『レムロスの宝石』さえ投げ入れれば、湯など一瞬で沸かせるのになあ?」


「なにその謎アイテム!?」


「麻呂の故郷、レムロス星では河原に落ちている『レムロスの宝石』に『炎の気』を込め、水に投げ入れ沸かす文化がある。薪などという非効率的な物は誰も使わんのだが、どれ。試しにひとつ、投げ入れてみるか?」


「え、あるの!?」


「マァ、含有量こそ少ないが……宝の持ち腐れのように、妙な形をしたものがいくつか棚に飾ってあったのでな」


「飾ってあった……?」


「もしかしてそれ……ラザが河原で拾ってきた、変な形の石……!?」


 のっし、のっし、と第六天魔ハイツの方へと歩き、バッ!と二階へジャンプするデストロイヤー。

 彼が何をしようとしているのかなんて、誰が見ても一目瞭然だった。


「ちょっと、絶対使うなよ!?それ僕の宝物なんだから、炎の気なんか込めるなよ!?」


 あわてて羽根を出し、デストロイヤーの背中にしがみつくラザニエル。

 しかし、レムロス星人の体は猫のようにぐにゃぐにゃと柔らかく、組み付いたとしてなかなか上手く力をかけられない。

 202号室へと雪崩れ込みながら、天使と宇宙生物の『河原で拾ってきた変な形の石』を巡る、鳥と猫の喧嘩のようなもつれ合いが繰り広げられる。


「そなたは!小間使いが風邪を引いてもよいと言うのか!?」


「よくないけど!それ僕の大事な石なんだもん!」


「小間使いと石と、どちらが大事だ!?」


「ソルソルに決まってるでしょ!!」


「なれば、そなたが今すべきことはなんだ!?」


「ああもう、わかったよ!ソルソルのためなら使っていいから!はい、どーぞ!!」


 ラザニエルが河原で拾ってきた変な形の石を、叩きつけるようにしてデストロイヤーの肉球に乗せると。

 赤い宝石のような成分の入った石は、カッ!と白い光に包まれて輝くドロドロのマグマと化した。


「離れよ、小間使い!湯が跳ねるぞ!」

 

 デストロイヤーは、2階から溶けたマグマをドラム缶風呂の中に放り込む。


 すると。


 ――ジュワァァァァ!!!


「熱っっぢい!!!」


 絶叫するソルソル。

 400リットルの水は湯を通り越し、一瞬のうちに蒸発、辺り一面に熱湯を撒き散らした。

 マグマはドラム缶を貫通し、未だ底のほうで赤熱、庭の土を溶かしながら湯気を撒き散らしている。


「ふ、風呂が……」


「僕の、大事な石が……」


 風呂はすべて蒸発、大切な石はマグマ化。

 最悪の結果に、ラザニエルは。


「は、あはは、なにこれ。宝物、使ったのに、なんにも上手くいかない……こんな、お湯を沸かすだけでこんなに苦労する星、なくなればいいのに」


 異空間から出した終末のラッパは、いつものように天に向けて構えられる。

 そして、ラザニエルは思いっきり息を吸い。


 ――プァ~~……


 鋭く吹けば、いつもと違う壊れたおもちゃのラッパみたいな音が小さく響き渡った。


「……こんな星、なくなればいいのに」


 仕切り直し、とばかりにもうひと吹き。


 ――プァ~……


 しかし終末のラッパは、同じ音を鳴らすのみ。

 デストロイヤーは勝ち誇ったように笑った。


「どうやらその金の筒、水蒸気が溜まり音が出なくなったようだな」


「は……?水蒸気……?」


 ラザニエルは未だ水蒸気を吹き出す『灼熱』を見る。そのとき、地中からブシャーッ!と冷たい水が吹き出してきた。


「ぷぁっ!?」

 

 どうやらマグマが、真下にあった水道管を貫通してしまったらしい。

 破裂した水道管から吹き上がる冷たい水は、湯気を上げながら、少しずつ暖まり。

 やがて、ちょうどいい温度になった。

 

 ソルソルはシャワーを浴びるように水道管のお湯を浴び、ちょいちょいとラザニエルに手招き。


「ラザ、ここすげえいい温度」


「わ、ホントだ」


 ラザニエルもタオル1枚になり、ちょうどいい温度の水道管のシャワーの中へ入っていく。

 デストロイヤーは毛についた水滴をぶるぶる飛ばしてから、ニヤリとドヤ顔。


「ほれ、ちょうどいい湯加減だろう?」


 ラザニエルとソルソルは、ドラム缶風呂も銭湯も両方できなかったが。

 『なんかもう、水道管シャワーでも浴びられるだけいいや』と思うようになっていた。

 それ程までに、ドラム缶風呂の沸かし時間が長く、すっかり辟易としていたのだ。

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