第30話「閑話・迷惑三銃士と、宇宙生物と、使い捨ての畳」

 ――グリングリン呪術工房ご意見フォーム――


 こちらのご意見フォームは皆様のご意見・ご感想などを基に、さらに製品の改善および向上のため、参考とさせていただくものです。尚、こんな商品が欲しい!というご依頼も承っております。※教材・趣味・宇宙貿易など、何にでも対応可能です!(2000文字以内でどうぞ)


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 【ご依頼内容:こんな商品が欲しい!】

 ご依頼主:匿名

 使い捨ての畳が欲しいです。1枚10円程度で、レムロス星人の爪研ぎ用にお願いします。


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 *


「う、うわうわうわ、わああああ!!?う、宇宙貿易きたあああああ~~!!!」


 グリングリンはタブレットを掲げ、尻餅をつき、歓喜に転げ回った。

 あったらいいな程度で書いておいた『宇宙貿易』のロマンと高揚感が、今になって背筋をビリビリ這い上がってきたのだ。


 けれどピザリエルは、映画祭のお土産『たましいサブレ』を不機嫌そうに齧りながら、すっかりあきれ顔。

 彼はまだ一人だけ映画祭に連れていってもらえなかったことで拗ねているし、羽根がないせいでお留守番になったことを認めることができないでいる。

 そのせいで、ピザリエルの口からは憎まれ口しか出ない。


「宇宙貿易?ハッ、これ、明らかに搾取ですよ。1枚10円って、完全にバカにされていますよね?天才なのに、なぜそんなこともわからないんです?」

 

「でもさァ、相手宇宙生物だし?物価とかがわかんねェのかもだし?そもそも大正時代の日本なんて1000円あれば家建ったし?その頃の金銭感覚かもしんねーだろ。ベルザリオはどう思う?」

 

「あり得んとは言いきれんな。特に地球は『宇宙生物の来ない地』だ、認識のアップデートが遅れている可能性も高い」

 

「ほらァ~~!」


 1枚10円、という価格についてベルザリオまで何も言わないのは不自然だとピザリエルは思ったが、すぐに考えを改めた。

 ああ、こいつは金持ちすぎて金銭感覚が狂っていたのだった、と。

 その点、お金についていちばん常識的な感覚を持っているのがピザリエルだった。

 だから、グリングリンの行動を咎められるのも彼しかいなかったのだ。


「かといって、さすがのグリングリンでも『畳を1枚10円で売る』なんて、常識的に考えれば不可能でしょう?原価とか人件費とかどうするんですか。大赤字ですよ?」

 

「ア~~……常識的に考えれば?」

 

「でしょう?ですから、今回の宇宙貿易はなかったことに……」

 

「え、やるけど」

 

「は!?」

 

「ベルザリオ、こないだ言ってた『拷問スタンプ用の毒草の汁』をタダで譲ってもらってる環境保全企業ってまだあったっけ?」

 

「『チーム草むしり』か?猛毒雑草の処理費用が嵩むせいか赤字気味だな。潰れるのも時間の問題だ」

 

「そこにさ、『グリングリン呪術工房が格安で猛毒雑草を引き取ってくれますよ』って根回ししといて。今の処理費用の半分でイケるよって」

 

「引き取る……?まさか、猛毒雑草を『い草』の代わりにするつもりか……!?」

 

「うわ、すっごいバカ!絶対かぶれる!あ、でも、爪研ぎ用ならワンチャン……?」 


 ピザリエルがドン引きする中、ベルザリオは地獄の環境保全企業『チーム草むしり』に、グリングリン呪術工房が有料で邪悪な猛毒雑草を引き取ってくれると根回しをし、当のグリングリンは片手間に何やら術式を書き始めた。

 この2人を前にしては、普段は非常識な迷惑系YouTuberをしているピザリエルでさえ、まだ常識的な価値観の持ち主と化す。

 少なくとも、ピザリエルなら畳は10円で売らない。無駄だと思いながらも、彼は諭した。


「でもやっぱり、こんなことまでして1枚10円で宇宙貿易するのは間違っていますよ」

 

「でもさァ、できるンだったら、やりゃいいじゃん?『チーム草むしり』も金くれるし、予算はオーケーだろ?あとは猛毒雑草は、呪術で毒抜いて~、『い草』っぽく処理して~」

 

「ベルザリオ、止めないんですか?」

 

「ん?ああ、そうだな。レムロス星人たちに不評ならば、環境保全に努める政治家向けに高値で売ればいい」

 

「ベルザリオまでバカになっちゃった……」


 否。ベルザリオは仕事モード以外では元々そこそこバカな男だ。

 でなければ、ピザリエルと迷惑系の頂点を取ろうとは言うわけもない。

 全てを悟ったピザリエルは、もう何も言わなくなり、たましいサブレの続きを食べ始めたのだった。

 楽しそうに呪術の話をするグリングリンを放置して。

 

「えーっと、『ムシムシレター』の増殖術式を大きめに改良して、い草以外のパーツを増やして節約、まずは少ロットから、と……ああでも、実際出荷すンのは2ヶ月後になるかァ~。安全性実証テスト、クリアしねえとなァ~」


 こうしてグリングリンは、2ヶ月後。

 意気揚々とレムロス星に向けて『使い捨ての畳完成!宇宙貿易の準備は完ペキ!爪研ぎにどうぞ!』の信号を発信。

 それからすぐにレムロス星からの発注がバカスカ入ることになるのだが、そんなことなど今の彼はまだ知らない。


 *


 一方、第六天魔ハイツ202号室。


「や、っちまったぁ……」


 ソルソルは震える指を【送信】ボタンから離し、グリングリン呪術工房ご意見フォームに送られたメッセージを霞む目で確認した。

 ラザニエルはホットココアをふうふうしながら、実に呑気にケラケラ笑う。


「大丈夫だって。どうせ、10円で使い捨ての畳なんて作れっこないんだから」

 

「……いや、それをやるのがグリングリンなんだよ!他所の企業も『グリングリン呪術工房なら』って絶対協力するし、金持ちのパトロンがつけば実質タダでも商品売れるし……やばい、マジでやっちまった……!」

 

「こ、っっっわ……」

 

「そうだよ、こえーんだよ……しかももう、レムロス星人って書いちゃったし!もしうちに来たら『レムロス星人見っけ!注文したのソルソルだな!』みたいな感じで絶対バレるし!そしたら『水臭いことしないで直接お願いしてよ』ってウザ絡みされるし!どうかこのままバレないでくれ!」


 ゾワーッと背筋に鳥肌を立てる2人をよそに、デストロイヤーはパテ埋めされたばかりの壁でガリガリゴリゴリゴリッ!と爪研ぎをする。

 ラザニエルとソルソルは、10円の使い捨ての畳が完成するのを待ちながら、それでいて恐れながら、少しだけ慣れた手つきで漆喰を練り、爪の形の穴を塞ぐのだった。

 

 

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