第32話「ソルソルと風邪薬と終末」

 ソルソルが風邪をひいた。昨日、寒い中で裸のまま、このまま諦めるなんてもったいないもったいないと、コンコルド効果にやられながら1時間もドラム缶風呂を沸かそうとした弊害だった。


「ゲホッゴホッ!ハァ、ハァ……ごめん、ラザ……風邪薬、買ってきて……」


「風邪薬って言っても山ほどあるし、とりあえずパッケージが派手で『飲むと風邪が治るよ!』って主張が激しいやつを買ってきたらいいかな?」


「風邪薬なんてだいたい全部そうだよ……症状は『熱』『咳』『のどの痛み』『鼻水』だから、それに効くのを買ってきて……あと、あんま副作用ないやつ……頼んだ……ゲホッゴホッ!」


「わかった、行ってくるね」


 斯くしてラザニエルは、デストロイヤーを連れて第六天魔ハイツから徒歩2分のドラッグストアへ向かった。『熱』『咳』『のどの痛み』『鼻水』『ミルクティーアイス(自分用)』と書かれた買い物メモを持って。


「えーっと、熱冷ましは『熱さまシロップ』、咳は『ムセナイン』、のどの痛みは『ひんやりトローチ』、鼻水は『鼻ピタ』と……薬コーナーのいちばん明るいところにあるってことは、いちばんスポットライト浴びてるアイドルのセンターと同じで『すごい元気をくれる』ってことだよね?デストロイヤー、これで大丈夫かな?」


「裏の成分もよく読め。飲み合わせというものがあるらしい」


「あ、ムセナインと鼻ピタは一緒に飲むと吐き気が出るんだ……」


 飲み合わせの悪い薬は、当たり前だが一緒に飲んではならない。だが、世間知らずのラザニエルは『何か抜け道があるはず』と思っているし、レムロス星人のデストロイヤーは『薬はたくさん飲んだほうが元気になる』と考えていた。


「なれば吐き気止めが要るだろう。胃薬のコーナーはあちらか」


「吐き気止め、は……あった!『マーライオンの眠り』かあ」

 

「飲み合わせは?」


「熱さまシロップと一緒に飲むと即便秘」


「なれば『トイレのオトモ』も追加だな」


 そうしてドラッグストアをうろうろしているうち、籠の中にはどんどん新しい薬が増えていく。


「貧弱鳥、『ミズムシバイバイA錠』はトイレのオトモとムセナインと喧嘩するようだ。これでは髪が抜けるぞ!」


「うわ!でも育毛剤は高いでしょ?」


「毛の生えるサプリでよいではないか、成分表を確認せよ!」


「げっ、1日30錠だって!」


「飲むだけで腹が水でちゃぽちゃぽになるな」


「腹部の膨満感に効くやつならあるよ!でも、これはマーライオンの眠りと一緒に飲むと発疹ができるから……」


「次は塗り薬だな!」


 こうして全ての症状を潰すうち、籠は薬でパンパンになり、薬代は総額で3万円を越えた。


「薬代が、足りない……」


 ラザニエルの財布の中には325円しか入っていない。彼は涙目で笑いだし、異空間に手を突っ込んだ。

 ガシリと掴んだのは、終末のラッパ。


「はは、あはは、もうやだ、お金がない……こんなに薬が高い世界なんて、もういらないよね……」


 しかし、デストロイヤーはラザニエルからヒョイッと終末のラッパを取り上げる。


「フ。このような非常時のために、麻呂は『抱擁一回500円』の仕事にて、へそくりを稼いでおいたのだ。小間使いのためならば、使うのも惜しくはない」


 毛に隠れていたがま口から、3万円ぶんの500円玉をジャラジャラ出すデストロイヤー。店員さんは『関わっちゃダメな客が来た!』という顔で大量の500円玉を受け取った。

 ラザニエルは、325円しか入っていない財布を見て、諦めたような顔をし、アイスクリームコーナーへダッシュ。財布には325円しかなくとも、自分用のミルクティーアイス(324円)はなぜか買える。


「……っしたぁ~」


 ドン引き混じりの『ありがとうございました』を背に、ラザニエルとデストロイヤーは家路につく。早く、ソルソルに買った薬を飲ませなくては。


「ただいまー!風邪薬買ってきたよー!」


「粥を作ってやる。食後に飲め」


「おー、あんがと。ゲホッ、ゴホッ……」


 ソルソルはデストロイヤーの作ったお粥をちびちび啜り、咳をしながらもなんとか食べ終えた。

 そのタイミングで、富士山みたいに茶碗に盛られた薬が目の前に出される。


「ソルソル、これ飲んで元気になってね」


「この富嶽三十六景を!?でかいスプーン刺さってるけど、かき氷みたいにザカザカ飲めって!?」


 ソルソル、薬の山とラザニエルを二度見、三度見、四度見。

 信じられないものを見た顔をして、ただ一言、息とも声ともつかぬものを漏らした。


「ほら、早く飲んで」


「ざけんなマジで。これ飲んでも大丈夫か、医者に聞いてくるわ。絶対ダメって言われるけどな!」


 そうして医者にかかったソルソルは、親友が大量の薬を買ってきた経緯を事細かに話し、医師には大きなため息をついて呆れられ、飲み合わせについてのパンフレットを貰って帰ってきた。

 ラザニエルはうすっぺらいパンフレットを開いて、見覚えのある薬の名前に釘付けになる。


「えーっと……『例えば、市販の【ムセナイン】と【ミズムシバイバイA錠】を同時に飲んだ場合、互いの効果を打ち消し合い、咳は止まらず、水虫も治らないという最悪の結果をもたらします』……?」


「まあそういうことだから、俺は最初に言ってた『熱』『咳』『のどの痛み』『鼻水』の薬しか飲まないからな」


 ソルソルが飲んだのは、『熱さまシロップ』『ムセナイン』『ひんやりトローチ』『鼻ピタ』の4種類。

 ソルソルはあまりに大量の薬にビックリしたせいで忘れていたが、ムセナインと鼻ピタは、一緒に飲むと吐き気が出る。


「……うっ!!!」


「ソルソル、『マーライオンの眠り』あるよ」


「早くとって!オエッ、胃が!胃がやばいッ!」


「あとで『トイレのオトモ』も必要になると思う!」


「ああ、それもだ!ついでに発疹の薬も早くッ!」


 それからソルソルは。

 結局、飲み合わせの悪い全ての薬を飲み干した。

 吐き気を催し、便秘になり、髪が抜けたり発疹が出たりと、悪い症状をぐるりと一巡したが――まるで皮膚が生まれ変わったかのようにツルンと、風邪の症状だけはピタリと治まっていた。文字通り、跡形もなくピタリと。

 

 ちなみに、ソルソルは悪魔なのでどうってことなかったが、このように薬を飲み過ぎれば、人間の場合、救急車で運ばれる羽目になる。

 よい子も悪い子も真似をしてはいけない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る